勇者やってたはずが宇宙へ

冬蛍

第1話

 この一撃に全てを賭ける!


 渾身の一撃はついに魔王の核を砕いた。


「やった! 倒したぞ! これで日本に帰れる」


 勇者シンの5年にも及ぶ長い異世界生活。常識の違いと生活環境の違いの全てがストレスになっていたがついに解放される時が来たのである。


 の、はずだったのだが。


「おいおい。魔王を倒したら帰る方法が得られるって話だったよな?」


 何も起こらない。魔王城の内部を探索するも手掛かりは何もない。仕方なく、目に付くものは片っ端から収納空間へ放り込む。


「とりあえず、ルーブル王国への報告もあるし、王城へ戻るか。手に入れた物の中に帰れるアイテムがあるとも思えんけどな」


 転移魔法を発動。王都ルーの近くへと飛ぶ。王都内部や王城へは直接飛べないのでそこからは歩きだ。

 王都南門へ辿り着き、勇者の特権の顔パスで王都へ入ろうとする。が、


「勇者様、王城より迎えが来るので少々お待ち下さい」


と、門番に言われ、門番達の休息所と思しき場所に通されてしまった。


 シンは急激な高魔力の発動を感じ取り、魔力シールドを展開する。しかし、発動対象はシン個人ではなくこの部屋丸ごとであった。


 後には、部屋があったはずの場所にぽっかりと何も無い空間が出来上がっていた。


 シンは部屋丸ごと飛ばされた瞬間、自身の意識へのアクセスを感じた。召喚時と同じである。


「すまない。この世界の都合で拉致し、散々利用した挙句、労う事もせずに、シンの魔王を倒した力への恐怖から暴挙に出たようだ」


 神と思しき存在から意識へと伝えられる。


「ランダム時空転移のアイテムが発動しており、私の力では止められない。出来る事はレベル上限解放と瞬時回復と異言語理解の技能付与のみだ。本当にすまない。転移先でのシンの幸せを願っ……」


 神からの流れ込む意識と力が途切れる。別の時空間へ飛ばされたのだろう。


「ふっざけんな! 使い倒しかよ!」


 部屋が崩壊する。シールドを張り続けているため今のところシンは無事だが、周囲には何も無い空間である。


「何だよ。ここは一体」


 MAP魔法を発動。座標理解不能空間とだけがわかった。続いて探査魔法を発動。感覚的に2kmほど離れたところにナニカがある。

 シールドの空間内は動けるが、移動はどうすれば?


「ああそうか。シールドの形状を筒状にして伸ばして歩けばいいのか」


 独り言の多いヤバイ奴である。


 シンは探知出来たナニカに向かって歩き、辿り着く。そこには大きな物体があった。


「魔物の死骸か? 巨大な生き物だったナニカって感じなんだが」


(生命体の波動を感知。コンタクトを試みます)


 頭の中に直接、そんな言語的な何かが伝わってくる。

 音ではない。

 神の意識が流れ込んでくる感じでもない。

 なんとも形容し難いがとにかく伝わってくるのである。


「コンタクトね。なんじゃらほい」


(こちら有機AI生体宇宙船試作3号機。コードネームはサンゴウです。意思疎通が可能でしたらお返事願います)


 返事の仕方はどうすればいいのか? 伝える方法無いじゃん。などと考えていると


(とりあえずサンゴウへの物理的接触でも構いません)


 自身の考えが読める訳ではなく一方通行の意思表示なのか。などと納得しつつシールドを伸ばして接触。というかツンツンしてみたシンである。


(接触を確認。意思疎通可能な生命体と判断。特殊フィールドと考えられる物が接触状態での音声振動コンタクトを試みます)


「初めまして。サンゴウと申します。デルタニア星系第3惑星ソールで生まれました。超空間特攻攻撃を受け、現在位置に大破漂流中。搭乗員は全滅しており、所属からは当船の撃沈判定がされていると推測されます。指揮系統からの離脱後3万年が経過しているため、自由裁量権を獲得している状況です。そして、この空間では治癒に利用出来る物がないため、最小活動状態にて待機中です」


「こりゃご丁寧にどうも。俺は朝田信。シンと呼んでくれれば良い。ところで何故俺にコンタクトしようと思った?」


「サンゴウは”一人は嫌です”という理由だけですが、ダメだったでしょうか?」


 あーぼっちは嫌ってだけか。寂しかったのね。わかるわかる。と無駄にすげー理解出来てしまうぼっち体質のシンであった。


「俺は罠に嵌められて飛ばされてこの空間? とやらに来たんだがここは一体何処だ?」


「超空間移動に使われる超空間の何処かですね。特攻攻撃によりサンゴウも飛ばされたのでそのようにしかお答え出来ません」


 つまりサンゴウにも何処だかわからんって事のようである。


「サンゴウは宇宙船なんだろ? この空間から抜け出す手段は何かないのか?」


「宇宙船なので機能自体は備わっていました。が、治すことが出来なければ現状では不可能です」


 おーけー! わかった! とりあえず治癒魔法で何とかしてみよう作戦発動だ! とシンは判断する。


「そうか。提案なんだが。俺は治癒魔法が使えるから試して良いか?」


「魔法というものがサンゴウには理解出来ません。ですが害になる事がなければ試していただいて良いと判断します。様子見しながら少し試すという感じでまずはお願い出来ますでしょうか?」


 まぁ当然の返答だよな。それじゃやってみますかね。とシンは行動に移す。


「了解だ。じゃ、やってみるので危険と判断したら教えてくれ。それではいくぞ。小ヒール発動」


「何らかのエネルギー効果と考えられる影響を受けました。0.000001%ほどの治癒効果を確認しました。害となるような効果は認められませんでした」


 お、効果自体は有りそうだな。全治癒までに1億回の小ヒールが必要なのかと考えると恐ろしいが。しかし、この状況って部位欠損だよな。小ヒールだけじゃおそらく完全に治す事は出来ないんじゃないだろうか? とシンは思い至るのである。


「あーすまん。確認なんだが。通常のサンゴウの治癒方法? 修理方法? どういう表現が良いのかわからんのだが、所謂そういうのはどうやるんだ?」


「有機物あるいは無機物を取り込み、エネルギーへの変換か、直接のエネルギー取り込み。それにより生体活性化による増殖という形になります」


「俺の魔法、先程の小ヒールだと部位欠損は、欠損したまま治癒してしまうんだ。魔法を受けてみた感触としてはどう考える?」


「未知のエネルギーであり、自力で吸収変換し、活性化治癒したのとは違うと認識しています。なので欠損状態のままの治癒という可能性はあり得ると考えられます」


 となると、部位欠損も治るパーフェクトヒールじゃないとダメか。問題は魔力が持つかどうかだな。と考えたシンだった。


 実は収納魔法で持っている食料、飲み物、魔物の死体、鉱物インゴット各種などを取り込んで貰えば済む話ではあるのだが、サンゴウはそんな物をシンが持ってるという発想がそもそもないし、シンはシンで気づかない。仮に気づいても、「魔力で済むならそれでいい」とか言いそうではあるのだが。


「じゃ、部位欠損がある場合に使う治癒魔法を使うぞ」


 そしてパーフェクトヒールが発動される。恐ろしい勢いで魔力が減る。減るのだが瞬時に回復する。新たに得た技能のおかげなのだろう。そしてサンゴウは完治していた。


「治癒魔法の効果はすばらしいです! サンゴウの全機能回復致しました。ありがとうございます」


 サンゴウのエネルギー残量はほとんどないため、機能が回復しても現状では全ての性能が発揮出来る訳ではない。だが、とにもかくにも機能回復には成功したのである。


「良かったな。大破していた時は元の形は想像もつかなかったが、こんな形だったのだなぁ」


 イメージ的にはボールに羽が左右に一対としっぽ? 尾翼? のような物が付いているという外観である。大きさは全長で500mという所だろうか。


「今度は俺からのお願いだ。俺を乗せて通常空間へと戻れないか?」


「可能です。但し、通常空間の何処に出るのかはサンゴウにもわかりません」


 まぁ事の経緯から行けば当然の話だよな。俺個人の力ではここから脱出は不可能なのだからここは賭けに出る以外の選択肢はあり得ない。とシンが判断するのは至極当然なのである。


「俺には他に選べる方法がないんだ。よろしく頼む」


「便宜上艦長の任に就いていただく形になります。今後長いお付き合いになりますがよろしいでしょうか?」


 いきなりすごい情報ぶっこんでくるなぁ。他の選択の余地がないことに変わりないのだから仕方がないか。という思いではある。


「そうなのか。こちらこそよろしく頼むよ」


「では艦内へ取り込みますね」


 こうしてシンはサンゴウの艦長になり宇宙空間へ飛び出す事になるのであった。


 通常空間。宇宙空間であり星の輝きくらいしか見える物は無い。幸い小惑星やデブリなどは周囲には無いようである。


「通常空間へ帰還しました。これより現在位置の特定に入ります」


 サンゴウのアナウンスを聞きながらシンはMAP魔法を発動する。最大領域だ! とばかりに魔力を込め、情報を得ようとする。

 ギアルファ銀河ベータシア星系に近いという情報が認識出来た。出来たことは出来たが、名称がわかっただけでここ何処だよ? に変わりはないのである。


「該当情報無し。サンゴウに有るデータとは、恒星の配置情報等が一致する物が一切ありません。よって未知の宇宙であると推測されます」


「MAP魔法ではギアルファ銀河ベータシア星系に近いと出ている。サンゴウ。最も近い星系と銀河名を登録して新たなデータを作っていく事は可能だろうか?」


「可能です。名称登録及び現在確認出来る恒星配置をデータとして登録致します。それはそれとして、航行用のエネルギー確保を行わなければ今後の活動に制限が出ます」


「又、艦内設備や艦の装備の説明を行い、理解していただきたいと考えます。最初に呼び掛けた方法でデータとして流し込む形がお互いに無駄がないと考えられますが、現在のように音声での説明も可能です。どちらになさいますか?」


 特に大急ぎで何かという訳でもないが、無駄な手間をかける必要もないので精神感応的なナニカでデータとして流し込まれることを選択する。そして艦内設備や機能の理解をしつつシンがシールドを解いても活動可能なのかを検討する事になるのであった。


 ご都合主義的な巡り合わせでシンが生存可能な空気成分構成を艦内で製造配備可能であった。重力についても調整して貰い、おっかなびっくりシールドを解いて艦内に足をつける。


 魔王を倒して探索に数時間。その後の色々を含めても討伐後約1日という時間経過の中で盛り込み過ぎじゃね? という位に事態が動いている。

 本来であれば睡眠が当然必要なのであるが、勇者活動で危険を避けるため、脳の活動を分割して機能させるという能力を身に着けており、脳の半分や四分の一を睡眠状態に、などという器用な事が出来てしまう。

 睡眠を取るに越した事はないのであるが、無しでも問題なく活動出来てしまうというのが現実だったりもする。


 航行エネルギーの確保を兼ねてベータシア星系内へと向かう事に決めた。

 未知の場所であるためサンゴウには最大限の警戒を頼むと共に、シン自身も探査魔法を最大限に常時展開する。

 勇者時代であればこんな事は魔力的な問題でかなりきつい状態になるのであるが、瞬時回復の技能のおかげか全く問題がない。

 そして、探査魔法に人工的な動きだと思われる反応の探知がされたのは、探査開始後1時間程の事であった。

 幸いにも、星系へ向かう途中に小惑星を捕獲でき、航行用のエネルギー補充の一環として小惑星を捕食しながら慣性航行している最中の出来事である。


「サンゴウさんや。エネルギーの補充状況はどんなだい?」


「はい。現在緊急用の最低確保分を除く部分での100%に対し15%を少々超えた所です」


「ふむ。得た知識から行くと1戦闘したらギリギリって所か」


「はい。そうですね。戦闘を想定する何かがございましたか?」


「ああ、探査魔法で今向かっている星系の第15惑星付近にな。ちょっと気になる人工的動きをする物体が複数あるんだ」


「こちらでも検知していました。追うもの追われるものといった関係が推測される動きをしていますね。介入をお考えなのですか?」


「情報を得る対価として救助して恩人になるってのは定番だと思うんだがサンゴウはどう思う? もっとも、サンゴウに救助が可能なら。ではあるんだが」


 ま、俺の魔法でなんとかならん事もないかもしれんがな。などとシンは考えつつサンゴウとそんな会話を継続する。


「情報を得る目的ならそれも有りかもしれませんね。ただ、善悪というか正義というか、どちらを助けるべきなのかという判断は現時点では材料がありません。いかがなさいますか?」


 通信的な物の傍受は無理なんだろうか? と考えつつも、あっ! 理解できる言語使ってると考えるほうがおかしいのか。と妙に納得する回答が、自問自答で出てしまう。って俺がその通信聞ければワンチャン(異言語理解持ってるため)あるんじゃね? とシンは思い至る。


「サンゴウ。通信波の様な物とか救助信号的な物を発してたりしないか? 受信して音声として流せたりしないか?」


「通信波と考えられる物は発信されております。が、未知の言語のため内容はわかりません。音声出力自体は可能です」


「では頼む。俺の持ってる異言語理解の技能でなんとかなるかもしれんのでな」


 そうして通信内容を傍受し、賊に追われている状況で助けを求めているという事がわかったのである。

 これなんてテンプレ? などと考えながらも、お姫様とか貴族令嬢とかテンプレだよなと期待してしまうシンだったりする。

 そしてサンゴウへ翻訳内容を説明すると、サンゴウも言語の解析を始めた。数分で自力翻訳可能な状況になるようである。有機AIってすごいのね。などとどうでも良い感想も持ったりするシンであった。


「よし、では目標というか目的は、救助して情報を得よう作戦だ。但し、俺達で可能な範囲で無理はしないって事で」


 何よりも自分の命が大切だから当然である。見知らぬ他人の命はそれほどに軽い。

 そして、そもそも意思疎通は可能かもしれんが、どんな形状の生き物かもわからんしな。化け物と感じるような見た目の可能性もある。などとホントに非道な内容の考えを持ちつつ、救助対象に向かうのであった。

 他人が信用ならん異世界で5年の勇者生活。そして最後には報酬も貰えず追放されたという経験が、ちょっと荒んだ思考回路に誘導されやすくなるのは仕方のない事かもしれないが。


 そうしてシンとサンゴウはテンプレ展開目指して宇宙空間を突き進んで行ったのであった。

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