第8話 選帝侯令嬢と帝国騎士①

 翌朝、ウードの部下が宿まで迎えに来て、早速クルマエビで次の目的地、ゴットフリードへと向けて出発した。

 クルマエビは2尾引きで、4人乗りの籠つきだ。

 御者もお任せなので乗っているだけで次の街に着く。


 完全に整備されている訳ではない道だ。籠は揺れっぱなしだったが、自分で歩かなくて済むし、何より速い。

 休憩を挟みながらも、街道をずっと東へと進んでいった。


「もう少しで着くそうです。

 ゴットフリードに着いたらきっと違法薬物について突き止めて見せます」


 御者からあと少しで到着と告げられて、テグミンは意気込みを述べる。

 だが彼女の隣に座っていたキオネは素っ気なく返した。


「突き止めてどうするのよ。

 ゴットフリードはアクベンス伯爵領よ。

 領主に直接対応を求めるの? それとも選帝侯権限でカルキノス家が介入するの?」


 突き止めた先のことをキオネは聞いたのだが、テグミンはまず突き止めることが肝要だと返す。


「きちんと証拠を見つけるのが先です。

 そうでなければアクベンス伯爵も、父様達も動いてはくれません」


「一理あるわ。

 でも宿場町の一件で分かったでしょ。向こうだってあんたが調査をしてるのは把握してる。

 証拠を掴もうとすれば戦闘になるわよ」


「その時は戦います」


 テグミンはそれが貴族の義務だとばかりに、胸を張って言い張った。

 キオネはそんな彼女を冷ややかな目で見つめて告げる。


「あんた昨日はろくに戦えなかったじゃない。

 逃げられて終わりよ。時間稼ぎすら出来ないんだから」


「それでも戦います!

 わたくしだって貴族です!」


 むきになるテグミン。

 対してキオネは冷めた態度のままで、テグミンを子供を見るような目で見て、ため息1つついて告げる。


「ゴットフリードに着いたら家に連絡して人を寄越して貰うべきだわ。

 あの街が怪しいと分かっただけでも十分な成果よ。

 戦えない奴が最前線に居る意味はないのよ」


「わたくしは貴族です。

 戦いは貴族の責務です。責務から逃れることは出来ません」


 意地を張って譲らないテグミン。

 キオネは進言を聞き入れないテグミンに対して辟易とした様子で、その考えをバカバカしいと否定した。


「戦いだけが貴族の仕事じゃないのよ。

 戦わない貴族だって大勢居るわ」


 そんな素っ気ない言葉に、テグミンはついに拳を握りしめ、怒りを露わにした。


「どうしてそんなことが言えるのですか。

 貴族が最前線で戦う意味を、キオネさんはわたくしよりもずっと理解しているはずです!」


 感情をむき出しにするテグミン。

 流石に間に割って入ろうとしたが、かけるべき言葉が見つからない。

 対してキオネは相変わらず冷淡な態度を崩さなかった。


「私に分かるわけないでしょ」


 その言葉でテグミンはキオネに対してこれ以上何か言う気を失ったらしい。

 「もういいです」とキオネから離れて席の端っこに座り、そっぽを向いて窓の外を眺め始めた。


 2人が仲違いした険悪の空気のままクルマエビは進み、昼下がりにはゴットフリードの街にたどり着いた。

 ゴットフリードは山間にある小さな街で、石造りの壁に覆われていた。


「ここはあまり大きな街じゃないんだな」


 キオネへと語りかける。


「そうね。

 カーニ帝国成立前はこの向こうに国境があって、ここは山間の城の策源地だったのよ。

 今ではその役目も終わって、糸エビの養殖を中心に細々とやってるみたいね。

 近くにはうち捨てられた古城もいくつかあったりするわ」


「へえ。歴史のある街なんだな」


「さ、宿をとりましょ」


 キオネはクルマエビから降りると、御者に後はお好きにどうぞと言いつけて、街へと入っていく。

 それに続いてゴットフリードの街へ。


 石造りの壁があるが正門の警備は緩く、簡単に街へと入れた。

 この石壁も、キオネが言っていた昔の策源地の名残なのだろう。


 街の入り口に近い宿へ入り、キオネが交渉する。

 部屋は空いていたようで、小部屋を3つとれた。

 キオネは2人分の料金を支払い、テグミンへは自分で払わせる。


「私は教会へ行くわ」


 宿の外に出るとキオネが告げる。


「一緒に行こうか?」


「お祈りくらい1人でさせて貰える?」


 提案は却下された。

 キオネの単独行動は盗みを働かないかと不安になるが、しばらくはやらないと約束していたので信頼することにした。


 となるとやることは。

 真っ当に生きるための仕事探し――をしたいのだが、この街を見るに閉鎖的で、よそ者を簡単に受け入れてくれるとは思えない。


 そしてテグミンが心配だ。

 もしここがか○ぱえびせんの製造拠点であるのならば、テグミンの命を狙う連中が潜んでいるかも知れない。


「テグミンの調査、手伝うよ」


「よろしいのですか?

 着いてきて頂けると嬉しいですけけれど」


「どうせ他にやることもないし気にしないで」


 教会へと向かうキオネを見送って、テグミンと共に調査を開始する。


「と言っても、何から手をつければいいんだ?」


「まずは糸エビの繊維を扱う商人を当たってみましょう。

 箱が使われたと言うことは、何らかの関わりがあるはずです」


「なるほど。それじゃあ――」


 場所は?

 尋ねようとしたが、それに意味がないと気がつく。

 テグミンがこの街に詳しいわけなかった。


 テグミンも若干の間を感じ取って、慌てて次の案を出す。

 

 「では行商人さんの荷車を追ってみましょう。

 街の商人さんとやりとりがあるはずですから!」


「そうだね。順を追って行こう」


 調査方針は決定。

 街の入り口で行商人がやってくるのを待ち、こっそりとその後についていく。


「職人街はまだ先みたいですね。

 あ、教会。――あれ、おかしいですね」


 行商人から離れて後ろを歩きながら進んでいると、テグミンが教会を見つけた。

 だが掲げられているシンボルを見て首をかしげた。


「どうかした?」


 問いかけると、テグミンは自分の聖書を見せて、表紙に描かれたシンボルが教会に掲げられたものと異なることを示す。


「あの教会、ボレアリス派です。

 この街には教会は1つだけだったはずなので、キオネさん、ボレアリスの教会にお祈りに行ったことになります」


「ああ。そうなるね。

 でもキオネはボレアリス派の聖書も持ってたし」


「ですがキオネさんはアウストラリス派ですよね」


「そう、なんだろうけど。確かに何でだろう」


 そもそも聖書を2冊持っていることがおかしいのだ。

 信仰はアウストラリスだが、街に入るときなどはボレアリスを装って見せている。

 それはキオネの“目的”とやらに関わってくることなのかも知れない。

 つまり、聞いたって教えてくれない可能性が非常に高い。


「怪しいですね」


「ええ!? それはどうかなあ」


 思わず否定するが声が裏返ってしまった。

 テグミンがキオネへと疑いの目を向けている。

 選帝侯令嬢の荷物を盗んで売り払ったことがバレれば、どんな罰を受けることになるのか想像もつかない。


 テグミンはもう一度教会を見やる。

 それからいつもは爛々と輝かせている瞳を細めて、こちらへと視線を向けた。


「何か隠してますよね。

 そういえばキオネさん、ずっと顔を隠していましたし、何かあるのですか?」


 問われて、思わず尋ね返してしまう。


「え?

 見てないの? 昨日は一緒の部屋に居たはずだよね?」


「見ていないです。

 キオネさん、ずっとわたくしに背を向けていましたし、お風呂もわたくしが出かけている間に済ませてしまっていたので」


 テグミンはキオネの傷のことを知らない。

 だがこちらが知っていることを匂わせたせいで、テグミンは好奇心で瞳を輝かせ、距離を詰めてきている。


「い、いや、でもキオネ気にしてるみたいだし」


「ワタリさんから聞いたなんて言いませんよ」


 そう言われても、自分の口から言っても良いのか悩む。

 でもそれでキオネに対する疑いが少しでも和らぐのならと、小さく呟くように教えた。


「キオネ、右目の下に傷があるんだ」


「……そう、なんですか。

 なんだか悪いことを聞いてしまいましたね」


 テグミンが輝かせていた瞳を暗くして告げる。

 そこまで態度を変えるようなことなのか、とても自分には理解できなかった。


「そんなに気にすることなのかな?

 僕は気にしてないし、傷があってもキオネは美人だと思うけど」


 テグミンは「ワタリさんはお優しいですね」と呟いて、それから身体を寄せて小声で続ける。


「男性ならともかく、顔に傷のつけられた女性はこの国では著しく信頼を損ねます。

 病気で顔に痣が残ったという理由で縁談が取り消されるのは当然のこととして扱われるほどです。

 

 それが意図的につけられた傷ならなおのことです。

 不倫した女性の顔に傷をつける風習がありますから。

 

 良家の人間でしたら、その顔を外に見せぬようにと家の中に囲われたり、外出時はベールを外させないといった処置もとられます。


 庶民だとしても、身内の繋がりがなければ仕事にもありつけないでしょう。

 それが身寄りがないとなれば迫害の対象にもなり得ます」


 自分が考えていた以上のことを告げられて、思考が止まってしまった。

 ただ顔に傷がつけられたと言う理由で、そこまで人の扱いが変わってしまうのか。


 キオネが言っていた言葉がようやく真の意味で理解が出来た。

 キオネが生きていくには、カーニ帝国――もといこの世界の文化はとてつもなく厳しかったのだ。


「ですがそれでしたらキオネさんの行動についても納得できます。

 悪事に手を染めない限り、生きては来られなかったでしょうから:


 心臓が飛び跳ねた。

 テグミンがキオネの悪事について知っている!?

 昨日の金貨泥棒の件か。それともテグミンの荷物を盗んだ件か。


 思わず目を泳がせて視線を逸らす。

 すると歩いてきた方角。街の入り口の方に一塊になって進む男達の集団が目に入った。

 先頭を進むのは、金属製の軽鎧を身につけ、マントをなびかせた、威風堂々とした長身の男。

 その男には見覚えがあった。

 エリオチェアの街で戦った、オピリオなんとかと言う帝国騎士だ。


「ま、まずいっ!」


「え?

 ああ、別にわたくしは――」


「テグミン、迎えが来てくれたみたいだから、後はそっちに手伝って貰って!

 今まで一緒に旅が出来て楽しかったよ! それじゃあ!」


 別れの挨拶を早口で唱えて、即座にその場から離れた。

 建物の陰に身を隠し、1人になったテグミンの様子を観察する。

 

 彼女は突然のことに目を白黒させていたが、オピリオの姿を認めるとそちらへと歩いて行った。


「これで、良かったんだよな」


 元々テグミンはオピリオと共に違法薬物の調査をする予定だったのだ。

 それが紆余曲折あって元の鞘に戻った。それだけの話だ。


 テグミンの調査には協力してあげたかったが、オピリオにとってこちらは犯罪者。近づくことは出来ない。

 後のことはオピリオ達に任せた方がテグミンのためでもある。


「そうだ。

 オピリオが居ること、キオネに伝えないと」


 キオネも顔は隠していたがあの場に居合わせた。

 着ているローブから特定される可能性もある。この街にオピリオが来ていることは伝えておかないと行けない。


 路地に潜んでオピリオ一行が通りの向こうへ行くのを見送ると、来た道を引き返し、教会へと足を向けた。

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