Ⅲ.パンのお告げ

正午。

近くのスーパーに買い物に行く。

昼間のスーパーは客が少なくて良い。店員に顔を覚えられそうなのはちょっと嫌だけど。


田舎の両親には事情を話した。

絵が書けなくなったことも、カルチャースクールの講師を辞めたことも。

それだけ伝えると心配するだろうと思い、きちんと就活を始める、とも伝えた。

母はその言葉に随分と喜び「よかった!私はそのほうが絶対ええと思っとった!」と電話越しに騒いだ。そして「就活大変やろう!内定決まるまでは仕送りしたる!」と言ってくれた。

すぐ就職するつもりもなかった僕は多少心が痛んだものの、貯金も無いのでありがたく受け取ることにした。

絵が描けなくなったことに関しては何も言われなかった。もともと両親は芸術に疎いのでどうでもいいようだった。


スーパーまでは大通りの信号を渡った後、路地裏の一本道をひたすらまっすぐ進む。車一台しか通れない細い道だ。

両親のことを考えながらふらふら歩いていた時、ふと「右側を歩きましょう!」の声を思い出した。

あれはなんだったのか。右側、とは。

僕はなんとなく道路の右側に寄って歩いた。


特に何も起きない。それもそうだ、ただの幻聴に過ぎないのだから。

スーパーまであと少し。さて今日の晩飯は何にしようか。

「かー、かー」

カラスが頭上の電線から鳴き声をあげた時だった。

キキーっという激しい音とともに黒いワゴン車が猛スピードで迫ってきた。

ぶつかる!そう思って目を瞑るとガッシャーーン!と言う音。


目を開けると僕と反対側の道路脇のブロック塀にワゴン車が突っ込んでいた。

人がわらわらと集まり、パトカーや救急車のサイレンが聞こえてきても、僕はしばらくその場を動けなかった。

頭の中で、パンの声が鳴り響いていた。

「右側を歩きましょう!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る