お祭り2/2

 三人でお祭りを楽しんでいると、あっという間に夜も更け、祭りの賑やかさも少しずつ落ち着き始めた。出店の類も撤収を始めている。

 こうなってくると、僕たちもあとは解散するだけだ。

 しかし、この段階になってなんとティティを具合が悪くしてしまい、簡単にお別れが出来る状況では無さそうな雰囲気となった。

「ぅぅ……」

 そう呻きながらティティが壁に手をついたので、心配になって近づいてみると、お酒の匂いがした。どこかでジュースと間違えてお酒を飲んでしまったみたいだ。

 飲酒が認められているのは15歳からとなっているので、別に飲むこと自体には問題は無いものの、ティティは下戸なのか随分と辛そうである。

「ティティ……大丈夫?」

 ミアも心配そうに背中をさすっている。しかし、ティティは口元を抑えたまま、そそくさと路地の隙間に駆け込んだ。

「……」

「……戻って来ませんね」

「様子を見に行こう」

 しばらく待ってみてもティティが戻って来る気配がなかったので、僕たちは様子を見に行くことに決めた。ティティはぐるぐるお目々で壁にもたれかかるようにして倒れていた。

 吐いてそのまま意識を失ったようである。

「これは自力で帰れなさそうだね」

「……私が連れて行きますので」

 ミアはそう言って、ティティを担ごうとするが――しかし、その小柄な体では無理があったようで、何度挑戦しても抱えられずにいる。

 そんな状態で無理に運ぼうとすると、ずるずると引きずっていくような形になり、制服に傷や汚れがつきそうになっていた。

 このままだと、起きてから悪い意味でティティが驚くことが予想できたので、僕は力むミアの肩を叩き選手交代を告げた。

「僕が運ぶよ。もう遅いから後はミアも早く帰った方がいい」

「えっ、でも……」

「大丈夫だよ。女の子の一人や二人は持てるから」

 そう言って僕はティティを背負う。ミアは随分と苦戦していたようだが、僕にとってはそこまで重くは無くて、むしろ軽く感じられた。

 まぁ、あくまで小柄なミアにはキツかった、というだけである。ティティは太っているわけでは無いから、特別に重いわけではないのだ。

「あの……」

 ティティをおぶった僕を見て、ミアが、何かを言いたそうな表情になった。じっと僕を見つめてくる。

「……どうしたの?」

「その、少しだけうらやま……いえ……なんでもありません」

 しかし、ミアはごにょごにょと小声で何かを呟くだけで、結局「戻ります」と言って自寮へと戻って行った。

 何を言いたかったのかは分からないけれど、ただ、緊急を要することでは無いのだけは確かだ。

 ミアは、必要なことであれば、きちんと伝えてくる子である。

 お友達になってください、と言った時のように。

 だから、何も言わなかったのであれば、それはそこまで重要ではないからという判断をつけることが出来る。

「……ぅぅ゛ぅ」

 僕の背中で、ティティが女の子らしからぬ嗚咽を漏らした。

 女の子的にあまり見られたくない光景ではあるだろうから、僕は全て聞こえなかった事にして、右から左に流すことにした。

 それからゆっくりと歩きながら、一般寮の配置について全くの無知であったことに気づき、僕は眉をしかめる。

(……ところで、参番寮ってどこにあるんだろう?)

 場所が分からない……道に迷ってしまった。


※※※※


 僕はひたすらに街を練り歩き続けたが、一向に参番寮が見えて来なかった。

 そのうちに、街道を歩く人影も全く見えなくなった。

 このままだと、下手をしたら、朝日が昇ってしまうのを迎える事になってしまいそうだ。

「……ジャンバ?」

 ティティが僕の耳元で名前を呼んだ。意識を取り戻したようだ。

「起きたんだ。なら良かった。参番寮ってどこにあ――」

「――んっ」

 僕が振り向くと、目を瞑るティティの顔がすぐ目の前にあった。そして、唇に何かが触れた。

 少しだけお酒の匂いと味がした。

「……」

「んっ……」

 三秒ほど経ってから、僕は、ティティからキスされていることに気づいて目を丸くする。

 すると、ティティの顔がゆっくりと離れて行った。

「テ、ティティ……?」

「ちゅー、しちゃった」

「いきなり何を……」

「なんでだろうね。お酒のせいかな。お酒弱いんだ私」

「そ、そっか……」

 突然の出来事過ぎて、僕の心拍数は右肩上がりになった。とにかく、高鳴る心臓をどうにかこうにか抑える。それから僕は、努めて冷静さを取り戻しながら、答えを導き出していった。

 まず、お酒のせいでティティは色々と正常な判断が出来なくなっていると思われ、実際に本人も「お酒のせいかも」と言っている。

 だから、不可解な今の行動はきっとそのせいだと思う。

 下戸なだけあって、お酒が入ると、ティティは変になりやすいのかもしれない。それが僕の出した結論だった。

 しかし、この答えは間違いでしか無く、僕は身を持ってそれを知ることになる。

「……お、お酒のせいなんだよね。それじゃあ今のはお互いに忘れよう。……ところで、参番寮ってどこにあるの? 送って行こうと思ったんだけど、場所が分からなくて」

「……あっち」

 ティティが教えてくれた寮の方向に向かって、僕は足早で進んだ。辿り着いた場所は、こじんまりとしたら樹林公園だ。

 確かに言われた通りの道をきたハズなのに、参番寮はどこにも見当たらなかった。

「ここって参番寮がある場所じゃないような……?」

「……うん。そうだよ」

 ティティは、呆けている僕の背中からすっと降りると、しな垂れかかるようにして、僕のことを押し倒して来た。

「……実は私、ジャンバのこと、男の子としてちょっとだけ気になってる」

 その言葉に、僕はただただ困惑してしまった。異性としての好意をいきなりに伝達されても、どう捉えればよいのか分からない。

 だから、逃げるようにして、ティティの行動の理由は別にあると考えた。

(もしかすると、ティティはまだ、完全に酔いが覚めていないのかも知れない。きっとそうだ)

 そんな理屈を捻り出す。

 酒精が回ったことにより体が熱くなって、頭の中も茹だったような状態に変わって行き、そしてそれに言動が引っ張られているに違い無いと、そう思うことで僕は自分を納得させた。

「ティティしっかりして。こんなことをしたら、駄目だよ」

「……ここには、お父さんもお母さんもいないの。魔専学校は全寮制だから当たり前だけど。……こういうイケないこと、一回して見たいなって思ってた。興味あった。なんだか、大人みたいで」

「……」

「……お酒飲んでなかったら、多分、自制しちゃってたと思う。……でも、今はお酒がまだ残っているから、仕方ないの」

 そう言って、ティティは僕の制服に手を掛ける。

 一枚一枚を丁寧に剥ぎ取りながら、僕の首筋を舌を這わせ、徐々に舌先が僕の唇に近づいた。

 下手に抵抗をして、間違って怪我を負わせたりしてはいけないと思った僕は、最終的に、ティティが満足するまで肉欲に溺れるしかないと判断する。

 きっと明日になれば、ティティも忘れているに違いない。お酒が残っているせいだと本人も言っているのだから。

 だから……今日だけ……今だけ……体の関係に至ることを僕は選んだ。こうして、新入生対抗戦後のお祭りも終わりを迎えた。

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