世界 コハク色

にゃんもるベンゼン

ワールドエンドを望んで

1 僕は世界が嫌いだ

 僕は、この世界が嫌いだ。

 今思い返すと。

 2010年代、とても不遇な時代であったと思う。

 

 利権が良心を喰い、精神を蝕んでいく。

 嘘が真実を喰らい、覇権を広げていく。

 身近では、僕ら若者が喰われ、未来を奪われていく、斜陽のこの国にて。

 では、それらを僕は、〝凄惨〟の言葉で形容しよう。


 僕はこの世界が嫌いだ。

 むごい。

 僕はいつも誰かを憎悪し、いや、させられる。

 何かを憎悪させられる。

 生まれ育ったこの国の中でさえも。

 振り返って思えば、むごいとしか言いようがない。

 

 だから僕は、呪った、この国を、この世界を。

 だから変えたいと思った。

 僕は、願いを、鬱屈たる世界呪う、怨讐の願い持って、出雲の地へ赴く。


 弁解として、聞いてほしい。

 何も僕こと、〝萩原桃音(はぎわら とうね)〟は何も。

 生れ落ちてからこの世界を憎んでいたわけじゃない。

 生まれも育ちも、普通。学校の成績だって普通、大学だって。

 ごく普通に生活する。

 悪く言えば、ぱっとしない、目立たない男だったさ。

 じゃ、なぜ?

 簡単さ。数多もの、青二才ながら。

 この時代が突きつける、ある種〝闇〟が痛めつけてきたからだよ。

 それは……。

 2006年の頃、長崎の片田舎の高校。

 入学した当初、僕は幸せだったと思う。

 ……成績も上がり、それどころか、自分1人でできるようになった。

 この感動は、何事にも変え難い……すなわち、幸福そのものだったよ。

 ある男子生徒と出会うまでは、ね。

 そう、その男子生徒こそ、僕の憎悪の始まり。

 その男子生徒は、自らの弱さを棚に上げ。

 自分より弱い存在を作り出そうとする人間だ。自分の弱さに、僕へと嫉妬して。

 そいつの弱さ。

 それは、生まれ持った障害のため、運動が上手くできないというもの。

 一応、これも弁解しておくけれど。

 僕はそういう人たちをバカにすることはしない。

 その人たちも、生きているのだから、虐げることはしない、心掛けている。

 話を戻すよ。なるだけ、関わらないようにしていた。

 運動部であったが、僕は文芸部も兼部していたその当時。

 そいつの姿は忌みを思わせる風貌であったため。

 同じ部活に所属していても僕はできるだけ接触を避けるように努めた。

 その甲斐はなく、そいつは僕へと接触した。

 己の弱さを棚に上げ、己の無力さを棚に上げ、僕を貶めることをし始めたのだ。

 始まった当初、関わりを避けるよう振舞ってきたものの。

 やはり限界が来てしまう。

 受験戦争の影響もあり、心の余裕は次第に失われていたため。

 その貶めはストレスとなって体や心に堆積する結果となった。

 鬱屈の堆積するにも、心には限界がある。ある時に、それは爆発した。

 文芸部最後の集まり、今までの文芸作品を披露する、展示会にて。

 その準備に勤しんでいた僕に、そいつはある一言をぶつけてきた。


 「部員じゃない。」

 と。

 そいつの話を大抵は無視するようにしていたため。

 ほとんどは聞いていなかったが。

 さすがに、その一文だけが耳に残り、急速に反響を繰り返した。

 聞き捨てならないよ、言ってはいけない。

 どんな立場であっても。まして、僕がきちんと活動しているのだから。

 その時に、今まで押さえ込んでいた怒りと呼べるものが噴き。

 僕はそいつに掴みかかり、挙句相手の首を絞める一歩手前まで行ってしまった。

 ……すんでのところで、自らのその行為を抑えることに成功する。

 いや、それこそが失敗だったのだとも思うかな。

 そのような行為に至らずとも。

 彼の心を変えるそういう風に働きかけるようできなかった僕の失敗だ。

 僕に力がなかったのだ。

 だからそれから僕の心には、どす黒い憎しみ、恨みの固まったものであり。

 世界に漂う闇の一端が堆積し始めたのだ。

 

 それは……。

 それから2年ぐらい後か。

 逃げるように大学へと進む……というのは、語弊があるな。

 むしろ憎悪を抱いたまま僕は、大学へと進んでいった。

 長崎県ではなく、島根県へ。

 どの場所にも、人を妬む、あるいは、人を貶めようとする人間はいるよ。

 僕をそのようにする人間が不意に現れたのだ。

 気に食わない人間が側にいれば。

 その人間を不快にさせるようなことをしでかす男だ。

 僕もその被害にあった。

 ある時、学食にて隣に座られた時、そいつは舌打ちと机を蹴るようなことをした。

 反論、横入りしてきたくせに、生意気な、そう思う。なお、僕は先輩だ。

 ……本来ならば、その時点で咎めるべきだったが。

 他の皆と同様に、触らぬ神に崇りなしの精神を貫いた。

 別の方法で、相手を咎める方法、それがあったから。

 ネットの匿名掲示板や、SNSの類を用いればよい。

 ただ、これには少々の欠点があり。

 忠告や咎めるだけでは済まなくなることが往々にして、多くある。

 丁度僕はその男のSNSでのアカウントを知っていた。

 もちろん、僕もそのアカウントを持っていた。

 なお、この時には、相手は僕のことを知らない。

 それを上手いこと利用して、僕は学食での一件を咎めることをした。

 相手は僕のことを知らない。

 故に逆に激情し、僕を反撃するなどと考えなかった。

 そもそも、僕が正しいのであり、逆に咎められることはおかしい、と。

 ……認識が甘かったよ。

 どういう経緯で調べたかは知らないが。

 相手は僕の情報を調べ上げ、僕を貶めてきた。

 ネットというのは、怖いもので、その人の内面が出る。

 激情に狩られた相手の書き込みに。

 僕はあっという間に打ちのめされてしまう結果になってしまった。

 最後の最後で反撃ができなかったのだ。

 言い負かされてしまったことに、僕は絶望し。

 心底自分の無力さと、このようなことになる己の不幸を呪ったよ。

 またも、己の心に余計に感情の黒いものを堆積させる結果となった。

 心の傷が、ただただ深くなるだけで。 

 

 やがて呪いの萌芽、見えてきて。

 ……世界は淀んでおり、腐っている……。

 そのように思うようになったのは、この時からだったのかもしれない。

 あの後、僕は自らの思考迷路に取り込まれ、負かされた現実への絶望と。

 残された心の黒いものに押し潰されかける毎日を送っていた。

 どんどんと、どんどんと。

 心は淀んでいく。

 心を清浄に保とうと思考すればするほど、心は淀んでいくのだ。

 思考すればするほど、その心の闇を消そうと考える度に。

 より強くなって闇は大きく復活する。

 地獄……そう例えるに相応しい。

 人間足らしめる能力を使えば使うほど。

 僕は苦しみを増大させ、より心を押し潰してしまう……。

 ただ、そのような地獄であっても、僕は奇跡を信じていた。

 もし、この時にでも、奇跡が起こるなら。

 もし、わずかでも優しさをくれるなら。

 もし、僕を優しく包み込んでくれて、僕を救ってくれる存在がいたならば。

 僕は世界を呪おうなどとも、破壊しようなどとも思わなかっただろう。

 ……しかし、奇跡なんてものは、起こりはしない。

 僕の運命は、呪われた僕の運命は憎悪の欠片を増やしていくだけだった。

 

 それは……。

 それからいくらか過ぎ、そう、数か月単位だったか後に起きたことだが。

 さてその日、ごく普通の、いつもの夕暮れだったと思う。

 そんな折に、ある男と互いに衝突してしまう。

 乗っていた自転車がオレンジ色だったことが特徴の、狭量な男。

 その狭量に、僕は呆れ果てるを通り越して。

 はらわたが煮えくり返りそうになるよ。

 その理由は簡単だ。

 自転車での走行中、その男と接触し、両者とも横転した。

 僕はかなり深く擦り切れる怪我を負った。

 本来なら、心配されるほどのもののはずなのに。

 この時この男が発した言葉は、自転車の弁償についてだった。

 「……払わねば、警察を呼ぶ……。」

 「!!」

 国家権力を盾にする卑怯さ……僕は反論できずに口ごもるしかない。

 互い様のはずである。

 互いの自転車も、ボロボロのはずである。

 だのにこの男は、僕が一方的に悪いようにし、挙句、国家権力を盾にした。

 掴みかかろうとする激情が僕を襲うが。

 やはり、立場上それをすることができないことに気付き。

 腹の奥底に封じ込めることをした。

 故に、腹が痛い。

 故に、心が痛い。

 腹が破裂しそうなほど痛い。

 心が破裂しそうなほど痛い。

 卑怯に対する激情は思ったより大きく、封じ込めたそこから暴れだし。

 そう、痛みを容易く僕に与えてくるのだ。

 

 それは……。

 自転車での一件より、そう遠くない日の後、デパートにての話。

 単にロッカーを使用しただけで、睨まれることになる。

 なぜかって?

 それは、そのロッカーのシステムにある。

 そこは、コイン返却式なのだが、使用者の中に、時に忘れる人もいる。

 では、睨んできたのは?

 そう、その残された金目当ての人間で、狩場にいる僕が邪魔だったんだ。

 僕が足を踏み入れたのがいけなかったのだろうか?

 いや、公共の施設を私物化するその姿勢がいけないのだ。

 僕は何も取ってはいない。

 それなのに、最近お金が手に入らないと、僕を恫喝しに来たのだ。

 下らないこと、それで一蹴もできただろう。

 ……けれどもこの時の僕には、もう心に余裕はなかった。

 言い返す気力さえなく、僕は引き下がる。

 煮えくり返る、どす黒い感情を心に抱いたまま、ひたすら日々過ごし。


 それは……。

 今までの日々と並行していたもので。

 社会へ出る第一歩の時だったと思う。

 大学生活の最後にて、大学生たちが行うイベントの、〝就職活動〟だ。

 これを乗り越えることによって、乗り越えて。

 就職した先によって、今後の人生が決まると言っても過言ではない。

 ……僕かい?

 上手くいくはずがない、この心理状態で。

 あまつさえ、情勢もよくない。質が悪いことには、震災が起きてなおのこと。

 故にどれほどの言葉を届けても、彼ら、そう企業人の心には届かない。

 社会には届かない。

 返ってくる言葉は、〝祈ります〟。

 それでも僕は届け続けた、己の言葉を。繰り返されても、なお、続けた。

 それでも大成しない。

 それでも上手くいかない、そう呪いのように。

 耐えた、涙をこらえながらも。

 耐えた、いつかは届くと信じて。

 そうであっても……。悲しいかな、現実はいたずらに痛めつけてきて。

 

 心はついに限界を超え、故に。

 激怒した。

 涙しながら激怒した。

 最終的には激怒した。

 吠えた。

 吠えに吠えた。

 全てを吐き出すように。

 嘆いた。

 己の時代に。この悪辣たる、凄惨たる、鬱屈たる己の時代、呪うかのように。

 慟哭。

 己の中にある、鬱屈と闇を合わせて、作り上げた不気味な獣のような。

 それは、悲壮に慟哭し。

 するとどうだろう。

 今この世界を取り巻く情勢が、嘘が剥げてきたではないか。

 裸の情報、真実を伝える。

 それは、とてつもなくどす黒いものだった。

 口当たりの良いものの裏は、他ならぬ害毒でしかない黒で。

 そうなると、今僕が生きているこの世界は。

 一握りの人間が作り出す、黒いもので包まれていることになる。

 その証明に、この時から僕の周囲に集まる情報はどれも、どす黒く。

 汚物と形容するに相応しい様相のものばかりだ。

 ある国で起きている、人権無視の、事実上の侵略行為。

 同じ宗教なのに、子供のような理由で対立する戦場。

 考えないようにし、将来奴隷にするようにしたこの国の政策。

 利権絡みで、ちっとも平等でない経済。

 譲り合いを忘れ、自分の物にしたいという国同士の対立。

 等々、下らないことが列挙される……。

 いや、もっと挙げる。心が張り裂けるだけ、列挙してみせる。

 政治の不振。

 昨今日本はダメにされているのではないか?

 日本のことを思わない人間が、今舵を握っていないか?

 経済だってそうだ。

 バブル崩壊以降に生まれた僕らの世代。

 幸せであったことなんて一度もないような気がする。

 まして、僕の呪われた運命は、残酷だった。就職活動さえ、満足に行えない。

 誰も、そんな僕らに優しさの手を差し伸べない。

 ただただ、己の利権にしがみついて、甘い汁をすすっているだけである。

 最終結論、世界は黒く。

 黒い……!!黒い黒い黒い!!

 いつからこの世界はこんなにどす黒くなったのか!

 最早これは、この世界は、生き地獄のそれで。

 ……やがて……。

 破裂した心はより悲鳴を上げ、体と連動し、肉体的苦しみをも感じさせる。

 嘔吐と吐き気。そして言い知れぬ悔しさ。

 何もできない悔しさ。

 なぜこのようになっていたことに気づけなかったことの悔しさ。

 募る悔しさは、さらに僕を苦しめるようになる。

 本当に、吐くほどまで苦しんだ。

 その自傷行為果てに、僕はやがて虚ろに、部屋にて天井を仰いでいて

 もう、涙さえ、枯れ果てた。空っぽになった自分に、ぽつりと言葉浮かぶ。

 ……。

 ……。

 問おう。萩原桃音、世界をどうしたい?

 答えよう、世界を破壊し尽くしたい。

 つまりは、望むよ、〝ワールドエンド〟。

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