蒼星のイストリア 〜ヒュドラルギュロス〜

 原作は↓になります。


https://kakuyomu.jp/works/1177354054935305102


 なおこちらの作品は一話目もプロローグが雰囲気重視の書き方をされているため手を着けづらく、2話目に手直しをさせていただきました。


 文を繋ぎ過ぎると読みづらいことは別の作品で述べましたが、こちらの作品は文の繋がりが全くなく、一文ごとに改行されてしまっていてこれもまた読みづらくなってしまっていました。

 文意が繋がっている部分は切らずに一つの「段落」とする、ということをもう少し意識した方がいいですね。

 それと、キャラの容姿の描写はその美しさに感動している様を表現するようなケースを除いて、文章の流れの中で表現することが推奨されます。 レイチェルの場面で一例として提示してあります。

 もう一点、地の文を読点「、」で止めて会話文を挟み、途切れた地の文を続ける、という書き方が多用されていましたが、時々使うのはさほど問題ではないですがあまりに多用すると単調な印象が強くなります。 なのでその場面では一切使わない形の修正をしているので参考にしてみてください。

 



「……夢……か」


 窓から差し込む鋭い陽光に青年――カーレル・スペーディアの意識は覚醒させられた。 夢を見ていたと、今が現実の世界であることを確認するように横に向けた目に映るのはつまらないものだ。

 丈夫さのみが取り柄の、古い石造隊舎の一室。 安宿の一室かと思えるほどに物がなく、特徴のない部屋。 つまらない現実を体現したかのような味気のない、今の自分に与えられた部屋だ。


「……ひと月、か」


 寝起きの頭をガリガリと掻き、なんとなしの独白を零す。 今しがた見た夢の情景──確かにあった過去の記憶。 それから過ぎた短い時間を思い、軽くため息が出てしまう。


 体を軽く動かし全身のコンディションを確認――異常はない。 あの時の負傷はもはや癒え、影響は残っていなかった。

 そうして夢の記憶を頭から追いやり、ベッドから身を起こすと改めて周りを見やる。

 机上の便箋と筆記用具が目に入り、昨日、部屋に戻ってから手紙を途中まで書いていたことを思い出す。


「帰ってきてからにするか……」


 急ぐ必要のあるものではない。 立ち上がり、部隊から支給されている服装へと着替えてゆく。

 インナーシャツの上に羽織るのは、銀縁の黒い軍用防刃コート。 その肩には、絡み合う九頭竜を模した意匠の蒼い紋章エンブレムが取りつけられていた。

 剣帯に剣――細身の片刃長剣を提げ、現在の自分のあるべき、与えられた身分を示す服装へと着替えたカーレルは部屋を出る。 目的地は、この隊舎とは別棟に存在する所属部隊の詰所だ。


 途中ですれ違う他の隊員たちが、談笑を止めてこちらを注視する。 驚愕から一拍後に道を開け、視線を背けた彼らの顔に浮かぶのは――畏怖の念。

 明らかに避けられているとわかる反応に、それを仕方のないものと思いながらも内心で一つため息を吐く。


 足早に廊下を抜けて階段を降り、建物の外へと踏み出すと、〈明陽ヘリオス・ヘメーラ〉から降り注ぐ柔らかな光に手を翳し、目をすがめる。

 蒼空を背景に、風に流される雲が幾筋いくすじも千切れて広がる爽やかな朝。


「……はぁ、気が重い」


 しかし、それを見上げるカーレルの心には、それとは正反対の暗雲が立ち込めていた。




  §




 〈惑星ケイオス〉の南半球に位置する〈アトラース大陸〉に、肌寒い秋の風が吹き抜ける。 その大陸東部に〈独立城塞都市アイグレー〉は存在していた。

 都市の東部城壁沿いに存在する、周囲から隔離された建造物へと入る。 元は古代文明時代の施設だったと、伝え聞いた話がカーレルの頭に思い浮かんだ。 長らく放置されていたそれを隊舎として接収したのが、カーレルの編入した部隊だった。


 ロビーらしき広間を通り抜け、一階最奥の扉を開ける。 中はカーレルの利用する隊舎と違い、二段構造の小洒落た造りの部屋だった。 入り口横にはカーペットが敷かれ、来客用テーブルと一対のソファが置かれている。

 五段ほどの段を登った部屋の上階層の壁沿いに並ぶ、ロッカーや本棚。 共用机を囲うように木製の椅子が並び、奥にはホワイトボードが敷設されていた。

 さすがに見慣れてきた室内へと、これまた慣れ切ったように一歩を踏み出す。


「止まれよ」


 これもまた慣れた、くることを予測していたいつも通りの押し殺した怒声に、カーレルは二歩目を踏み出すことなく足を止めていた。

 声がどこから投げかけられたか、探る必要もない。 ドアの先、いつもと同じ方へと目を向けると、いつもと同じ階段手前にいつもと同じ、細身の少年が立ちふさがっていた。 カーレルと同じデザインの制服をまとう、こちらより頭一つ背の低い少年だ。


「はっ! 〈アルギュロス〉のエース様が〈ヒュドラルギュロス〉に何の用だよ?」


 腕を組んで犬歯を剥き出し、短い黒髪の奥から覗く金色の瞳がカーレルを睨みつける。 その目は睨みつけるだけでは足りないと、カーレルに対する敵愾心を露わにしていた。


「いいかげんにしてよランディ。 そのやり取りもう何回目よ」


 少年がさらに噛み付くよりも、カーレルが反応するよりも先に、部屋にいた少女が飽きもせずに毎日同じことを繰り返す少年をたしなめていた。

 頬杖を付いて読んでいた本から上げられた目は、苛立たしげな険を孕み、ランディと、彼女がそう呼んだ少年に向けられている。 年の頃はランディと同じくらいの少女だ。


 低い位置で結われた緋色の長い髪に隠れているが、椅子にかけられたコートは二人が着ているものと同じものだった。 部隊指定のシャツにスカートというラフな姿だが、その服装は彼女もまた紛れもない、現在のカーレルの同僚である証だ。

 毎朝毎朝、懲りることもなく新顔に絡む少年を煩わしそうに、翡翠色に輝く瞳で見据える。


「なんだよレイチェル。 お前だってこいつのことが気に入らないんだろっ︎!」


 カーレルが言葉を発する間もなく、ランディは少女へ向き直ると噛み付くように怒鳴り返した。

 少女――レイチェル・ディオラはその大音声にこめかみをぴくりと震わせる。


「私はランディの言葉を否定してないでしょ。 ただ煩いから言ってるだけよ」


 トーンを落とした声とともに向けられる、親の仇を見るかのような鋭い眼差し。

 これもまた、最近ではお約束となった毎朝繰り返されているやり取りに、カーレルも辟易としてため息を吐き、さすがにそろそろ口を挟もうとした。


「――そこまでです」


 後ろから伝わる尋常ではない元素エーテルの高まり──その凄まじい圧力に、カーレルは開きかけた口を閉じていた。


「フェ、フェルト隊長……?」


 顔を真っ青にしたランディの声に振り向き、カーレルの目が紺碧の瞳と真っ直ぐぶつかり合っていた。

 現在カーレルが所属する部隊、〈ヒュドラルギュロス〉の隊長である、フェルト・ハーティル──ひと月前、死に瀕していたカーレルを救ってくれた少女だ。

 普段、楚々そそとした態度を崩さないフェルトは今も笑顔を浮かべている。 しかし、そのこめかみにくっきりと青筋が浮かんでいるのが、間近で向かい合ったカーレルには否応なしに見えてしまった。


「やり取りはじっくりと見させていただきましたよ、ランディ。 前回も注意しましたが、貴方は何一つ改善しようとしないのですね」


 細められた瞳が少年を射抜き、射竦められたように硬直するランディへとフェルトは歩みを進める。

 奥に見えるレイチェルは「懲りないんだから」と額に手を当て、気休めでしかないが同僚の無事を祈るように合掌していた。

 気迫に半ば圧されたカーレルも「どうぞどうぞ」と道を譲る。

 そんなふたりに会釈を返したフェルトはランディの前に立ち、鋭い眼光を真っ直ぐランディに向ける。


「弁解は?」


 端的に投げかけられた言葉は、絶対零度の冷たさでランディを凍りつかせていた。


「でもっ、こいつ、こいつが――っ⁉︎」


 何やら喚くランディの黒髪にポン、とフェルトの手が置かれる。


「カーレルさんはおかしな行動は取っていませんし、それはレイチェルも同じ。 騒いでいたのは貴方だけです。 ……覚悟はいいですね?」


「ひっ、いや、やめ――」


 カーレルとレイチェルはそっと視線を外し――


「問答無用」

「いぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁっ⁉︎」


 迸る蒼い雷鳴と絶叫が室内に木霊する。 カーレルがこの部隊に配属されてから、何回目になるか分からない制裁の光景だった。




  §




「さて、次の作戦の概要を説明します。 カーレルさんが合流されてからの初任務ですね」


 フェルトが地図を貼りつけたホワイトボードの前に立って部隊員を見渡す。

 木製の椅子に腰掛けるカーレルとレイチェル、そして床に倒れて煙を上げる、表面がこんがり焦げて中は生焼けなレア焦げ肉ランディ


 戯けた笑みを浮かべる少女の相貌は、数多の人間を虜にするであろう蠱惑的なものだ。

 だが、先程の所業を見ていた二人は硬く頷くしかなかった。 焦げ肉ランディからは返事をするように狼煙のろしが上がっていた。


「しかし残念ながら、わたしたちの部隊は色々とやっかみを受けています。 その影響で、今回もまた碌な任務は割り当てられませんでした」


 フェルトは苦笑を浮かべてボードの一点――街の東側を指差した。

 アイグレーは直径約二〇キルナほどの城塞に囲まれた円形都市だ。

 壁の外、街の北部から西部にかけては峻険な岩山が並び立ち、南部には森林地帯。 そして東部には、広大な荒野がどこまでも続いている。


「ここしばらく、〈フォボス〉の侵攻が穏やかだったのはご存じかと思います。 ですが、これは過去の事例と照らし合わせると大きな侵攻の予兆ではないかという意見が上がりました」


 発生原理不明の『異形』は、一様に蒼銀色の体躯を持ち、多種多様な形状を有す。

 獣や無機物、そして人型すらも形どる異形たち。 それらは恐怖の象徴――フォボスと呼称されている。


 かつては度々の目撃のみで終始していたそれらだが、ここ数十年で事態は大きく悪化していた。

 目撃回数が増加の一途を辿り、それに比例してフォボスによる街への被害が深刻になっていく。 現に東防壁は各所が粉砕され、侵入した異形により多大な犠牲が出ているのだ。


「その状況調査を分担して担うのですが、またまた一番遠方で、移動が困難かつ調査価値の薄い場所の担当に割り振られてしまいました」


 フェルトの細指が地図上をスライドし、街の東南東におよそ一〇〇キルナほどの地点──今回の目的地である深い渓谷のある一帯で止まる。


「ヴェローク・キャニオン。 ヒュドラルギュロスわたしたちの隊はこのポイントへ赴き、周辺に存在するフォボスの個体数、並びに種別の調査を行います」


 それが今回の任務。 しかし、その地へと赴くには、強力な異形たちの支配域を横断する必要がある。 移動だけで危険を伴うことは、明白だ。

 そこで一端カーレルへと視線を向けたフェルトは、しかし心配そうに表情を曇らせる。


「カーレルさん。 その……体調は万全でしょうか」


 触れづらそうに、どこか遠回しなフェルトの問い。 ひと月ほど前の戦闘で負傷したこちらの身を案じる言葉に、カーレルは喜びを感じるようなことはなかった。

 相手が上官になることを考慮し、丁寧な口調を意識して事実を伝える。


「はい。 隊長のお陰で違和感はありません。 むしろ前よりも体が機敏に動きます」

「そう……ですか。 レイチェルたちもわたしの血ヒュドラ・ハイマに慣れるまで数か月はかかったのですが。 カーレルさんは私の因子と親和性が高いのですね」


 フェルトが意外そうに目を瞬かせる。 それはどこか喜んでいるようにも見えた。


「そう言われても、オレは自分の事例しかわからないですからね……」


 実際、カーレルも最初のうちは負傷時以上の灼熱感に魘される日々を送っていた。 しかし、一〇日ほどでその熱も治まり、完全に致命傷だったはずの傷は完全に癒えていた。

 以降はそれまで以上に体が動き、医療関係者に気味悪がられていたくらいだ。 恐らくはそれが、ヒュドラの因子に順応した結果なのだろう。


 しかし、他者の事例がどうした状況を引き起こしたかなど、カーレルに知る由はない。 

 どこか困惑した様子のカーレルへと、フェルトは申し訳なさそうに顔を曇らせる。


「……申し訳ありません。 あのときわたしがもう少し早く到着していれば」


 揺れる少女の瞳に見え隠れするのは、深い悔恨。

 だが、そんなものは結果論に他ならない。


「隊長が気に病むことはありません。 あれは半ばオレの自業自得ですから」


 カーレルは前に所属していた部隊アルギュロスでもトップクラスの実力者だった。 故に、自分ならどんな状況をも乗り越えられると高を括っていたのも事実。

 その慢心の結果、無様に死にかけたところをフェルトに助けられたのだ。


「けっ、いい子ぶりやがって。 これだからエリート様は……」


 いつから聞いていたのか、復活していたランディがカーレルに対して悪態を投げつける。


「ランディっ」

「いいんです隊長」


 咎めるフェルトの声を、カーレルがやんわりと押し留める。 だが、ランディは露骨に表情をしかめ、不愉快そうに吐き捨てる。


「……ちっ、気分悪りぃ」

「ちょっと、ランディっ!」


 レイチェルの制止を無視し、乱暴に椅子を蹴って立ち上がると、上官であるフェルトの許可も取らずに部屋を退出していった。

 残された緋髪の少女は、少年が乱雑に出て行った扉から視線を切ると上官へと向き直り頭を下げる。


「……すいません、私から言っておきますので」

「はい、お願いします。――あとついでに、処罰は三倍だと伝えておいてください」


 上官の少女は優しげな笑顔を見せ、しかし翳した右手には内心を表したかのような青白い雷光が荒ぶっていた。


「……はい」


 もはや確定した哀れな少年の末路に、フェルトとは逆にレイチェルは表情を青ざめさせるのだった。

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