怪千の剣士

原作は↓になります


https://kakuyomu.jp/works/1177354054935187220


 初めに謝罪します。

 プロローグを飛ばして一話を書き直していることに気付き、もったいないのでこの話はプロローグ+一話の途中までの書き直しとなっています。

 せっかくですのでご覧ください。



 この世には『六神剣流』と呼ばれる六つの剣術がある。


 六つの剣術の起源は遥か昔──今より二千年前に遡る。


 二千年前、イングリア大陸より北東、ニルニアという都市に、七人の若い男女が集まった。


 彼らは全員、その時代においては神童と呼ばれる程の剣の腕を持っており、偶然にもニルニアで出会いを果たした。


 類い稀な天稟により、若くして並ぶものがいないほどの剣の腕を身に付けた彼らは、己に敵なし、天に並ぶ者なしと慢心していた。


 しかし、その幸運な出会いによって、世界には己に並ぶ者が存在し、己にもまだ上があること──己が未熟であると思い知ることになった。


 その後、彼らは互いを高め合うために共に旅を始めた。


 時には強大な巨人を打ち倒し、時には人々を苦しめる邪悪な魔の化身を切り伏せた。


 己の成長の糧とするため、人よりも強大な、人を害する邪悪に挑み、それらを討ち滅ぼしていった。


 そうして旅を始め、旅を続けて十年の月日が流れた頃。


 彼らの前に剣の神が現れた。


 剣の神は言った。



「我は、剣の神『剣神』。 剣の道を極めようとする七人の人の子よ。 我が意思に従え。 さすれば、この世の剣士の頂に立てる程の力を託してやろう」



 『剣神』の言葉に彼らは即答した。



「『剣神』よ。 我らは剣士である。 剣というものは剣を打つ時と同様に自らをいじめ抜き、その腕を研ぎ澄ます。 誰かに授けられた力など自分の力でない偽物に過ぎない。 故にその申し出は断らせてもらう!」



 「神の申し出を断るなど何事だ!」と『剣神』は激高した。


  そして、戦いは始まった。


 『剣神』はその名に恥じぬほどの、力と技を持っていた。


 それこそ、七人の剣士一人一人が相手だったならば、剣士達はいともたやすく切り裂かれていただろう。


 七人の力を持ってしてこそ、剣神に対抗できた。


 だが、七人の力が集まっても剣神には届かなかった。


 剣を極めている──故に剣の神、『剣神』なのだ。


 どんな技も、防がれ受け流される。


 段々と形勢も悪くなり、ついに一人の剣士が『剣神』に両断され死亡した。


 辛うじて『剣神』に対抗できた力の一角が失われ絶体絶命かと思われた時──


 残りの六人の剣士の中の一人が振るった剣が『剣神』の身に傷を付けた。


 他の剣士も次々に『剣神』に傷をつける事に成功した。


 何故、六人が剣の神たる『剣神』に傷をつけることが出来たのか。


 それは、一人一人が剣の完成形である『剣神』の技──その一端を身に着けたからだった。


 六人は『剣神』と相対し、その技を受けながら、戦いの中で学び成長していった──人の極致に至った者が、ほんのわずかにではあるが神の域に足を踏み込むことに成功したのだ。


 こうして、六人の剣士は『剣神』に勝利した。


 そして、六人は別れ自らの技を後世へ伝える為、道場を開いた。


 『剣神』の光を超えるような速さを誇る最速である剣術の『閃輝流せんきりゅう


 『剣神』の岩のような重い剣撃を放つことが出来る剣術の『剛岩流ごうがんりゅう


 『剣神』の鉄を容易く貫くことが出来るほどの鋭い剣術の『尖突流せんとつりゅう


 『剣神』のどんな状況でも対応できる体術を使った剣術の『軟戦流なんせんりゅう


 『剣神』の全ての技を防御や受け流し、反撃出来る剣術の『流風流りゅうふうりゅう


 『剣神』の相手を翻弄させる小手先の技を主に使う剣術の『怪千流かいせんりゅう



 やがて、六人の剣士は寿命でこの世を去ったが、その名前は今でも語り継がれている。


 六人の剣士の全員が死ぬ間際に次のような言葉を残していったという。



「我らは遠き未来に剣に選ばれし者が現れる事を望む」



 と。




~~~~~~




「レイ。 お前はこの道場を出ていけ」


 いきなりな言葉に、素振りしていた俺の手から木剣がすっぽ抜ける。 それを慌てた風もなく、胡座をかいたままつかみ止めたのは俺にあまりな言葉を投げた張本人だ。


 白髪混じりの黒髪が年齢を感じさせる老年の男。 額から目の下にかけて斜めに走った凄惨な傷跡が、それまでの人生が平穏ではなかったことを想像させる。 俺の師匠こと、『怪千流』の現師範である、ルゥ・バイトスだ。


「な、何故ですか師匠!?」


 な、なんでや! 俺、破門されるようなこと何かしたっけ?

 心当たりなんて、師匠のご飯をよそう量を減らして俺のを増やしたり、師匠の剣のコレクションを持ち出して使ってたら刃こぼれして「ま、バレはしないよな~」って、元の場所に戻したりしたことくらいしか無いけどな。


 他に何かなかったかと必死に頭をひねる俺に、師匠は軽く手を立てて謝ってくる。


「あ~、すまんすまん。 言い方を間違えたな。 お前は今日から旅に出ろと、まあそう言いたかったんだ」


 あ~……ホッとした。 あせらせないでくれよな、師匠。

 ってか、旅ってなんだ?


「師匠、旅って言いました?」

「ああ、そうだ。こんな古びた道場で鍛えるよりも、実践を積んだほうがはるかに剣の腕は鍛えられるだろう」


 確かに師匠の言う通り、『怪千流』は歴史は長く、六神剣流の一つという事もあり、有名ではある。

 だが、『怪千流』の特徴である相手を翻弄させる小手先の技を主に使う剣術は他の剣士達の間では剣の勝負で相手を煩わせる卑怯な剣術という認識であり、嗜むことはあっても極める事は無い。


 その為、この道場の門下生は幼いころ師匠に拾われた俺以外に居らず、ずっと俺と師匠だけで剣の鍛錬をしてきた。


「師匠。 旅と言ってもどうすればいいんですか?」

「冒険者として、迷宮に潜るのも良し。 他の流派の者に教えを乞うのも良し──お前の自由だ。 そして、俺より強くなったら帰ってこい。 その時には俺が本気で相手をしてやる」


 自由とな? ……女遊びに走ってもオッケーってことですかな?

 まぁ、さすがにしないけど。


「まぁ、最初の行き場所くらいは俺が決めてやるよ。 『剛岩流』の道場に行け。 今代の師範が俺の知り合いだから話を付けといてやる」

「分かりました」

「じゃあ、準備してまたここに来い」

「はい」


 数分後、俺は身支度をして再び師匠の元に戻った。

 師匠は先程と変わらず、床に胡坐をかいていた。 だけどさっきと違うところがある。 師匠の前に紅と蒼の剣が置かれていた。


「おう、終わったか」

「はい。 ところでその剣は?」

「餞別だ」

「餞別?」

「この剣は英雄カルトンが倒した氷炎竜ビルファの氷の半身から作られた『氷牙ひょうが』とビルファのもう半身から作られた『炎爪えんそう』だ。 持っていけ」


 英雄カルトンと氷炎竜!?

 それって、物語で出てくる英雄と怪物の名前じゃねえか!?

 この剣って結構高いでしょ。


「そんな高価なもの俺が貰ってもいいんですか?」

「ああ、でも、売るなよ?」

「も、勿論じゃないですか」


 思わず目を逸らす俺に、師匠は疑わしそうな目を向ける。

 やだなぁ、師匠。 いくら俺でもそんなこと……


「本当かぁ? まあ、いい。 お前はこの『怪千流』を担う最後の門下生だ。 無茶だけはするな。──必ず生きて帰ってこい」

「はい!」


 俺はこうして『怪千流』の道場から出て旅をする事になった。

 初めて見る外の世界。 そこには一体、何があるのか、どんなやつらがいるのか、期待に胸を弾ませながら力強く一歩を踏み出した。




 十日間──ここまで徒歩でかかった日数だ。 一般人なら倍はかかっただろう。 俺が師事する怪千流の道場がある小さな町から、このラグデシア王国の都市エルギアまでの距離は決して近くはない。


 それだけの距離を歩いていると環境の変化も大きかった。 町を出てしばらくは街道とはとても言えない、馬車を走らせるのも難儀するような道だったが、途中からは石畳で舗装された立派な街道に変わった。

 その道の先に待ち構える都市の発展ぶりを感じさせられ、俺の目的地は一体どれほどのものなのかと、興奮と期待を膨らませていた。


 そうして俺はラグデシア王国の都市エルギアに入り、目的地である剛岩流の道場へと到着した……はずだ。


「こ、ここであってるのか……?」


 師匠の手描きの地図に従い到着したその建物は、怪千流の道場とは天と地ほどにも違う、道場という同じ言葉でくくることが躊躇われるようなものだった。


 怪千流の道場は古びておりどこもかしこもガタが来ているような建物だ。 しかし、俺の目の前の建物は白い壁が綺麗に磨き上げられ、まるで神殿のような雰囲気すら漂わせている。


 俺は改めて師匠の手描きの地図をじっと見て、周囲の建物を確認する。

 確か五年ほど前に剛岩流を訪ねた時の記憶を元に描いたと言っていた。 間違っている可能性もあるだろう。


「……間違いないか」


 特徴として地図に書き込まれた店は五年の間に潰れることもなく、今も変わらずにそこにあった。 ため息を吐きながら、俺は再度、目の前の建物の大きな扉の脇に掲げられた看板に目をやる。


『剛岩流』


 どうやらこの看板に嘘偽りはないようだ。 俺は軽く頬を叩いてあまりの格差に現実逃避していた自分に渇を入れる。


 建物の差が流派の実力の差に繋がるわけではない。 気後れすることなどないのだ。

 そう言い聞かせても、初めて見る豪華な建物の偉容にどうしても気後れしてしまう。

 ……田舎者なんだから仕方ないだろう。


「アンタ、剛岩流の入門志願者?」


 扉を叩けずに行ったりきたりしていると、不意に声をかけられた。 見ると道場の扉が開けられ、中から出てきた一人の女の子が俺に怪しいものでも見るような目を向けていた。

 銀髪をツインテールにした気の強そうな女の子。 なかなか可愛いな……じゃない!


 不審者と思われて通報されたらたまったもんじゃない。 俺はあわてて弁解しようとして気付いた。

 彼女の腰には女の子には不似合いな刀がしっかりと帯刀されていた。 よく見ればその立ち居振舞いからも修練を積んだ人間独特の雰囲気が感じられる。 道場の下働きかと思ったが剛岩流の剣士なのだろう。


「いえ、入門志願者じゃなくて、剛岩流の師範に会いに来た者でして……」

「師匠はいちいち、アンタみたいな小物と会うような暇人じゃないわ。諦めて帰りなさい」


 ……なんだコイツ。 いちいち、言い方が癇に障るな。

 初対面の人間にそんな言いぐさって、どんな教育を受けてきたんだよ。


「一応、師匠に剛岩流の師範に話しを付けてもらったらしいんですけど……」

「師匠って、誰よ?」

「ルゥ・バイトスです」

「ルゥ・バイトス? ……ああ、怪千流の今代の師範ね。 ってことはアンタは……」


 師匠の名を聞いた女は、俺のことを頭のてっぺんから爪先まで値踏みするように見る……本当に失礼だな、こいつ。

 お返しにこちらも色々見てやろうかと思ったけど、こいつはともかく剛岩流の師範に対して失礼になるとまずい。 怪千流はセクハラ流派だなどと噂を立てられでもしたらなおまずい。 師匠に殺される。


 苛立ちをこらえる俺の前で、女はこれ見よがしなため息を吐く。

 ──この女……いつか絶対泣かせてやる。


「まぁ、いいわ師匠に話してくるからここで待ってなさい」


 肩をすくめてそう言うと、女は道場の中に駆けて行った。

 あの女をどうやって泣かせてやろうか考えながら待つこと数分、思ったよりも早く女が戻ってきた。


「……入りなさい」

「あ、はい」


 


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