第6話 リア充ライフの入り口

 放課後。

 総務省の合同庁舎に到着して俺は、早百合部長に言われて、詩冴よりも先に、他の能力者たちを、各仕事場へ送るよう言われた。

 一番手は、金属班の内峰だった。



 早百合部長に指定されたのは、太平洋に面した、とある港だ。


 目の前には青い海が広がり、背後にはゲームや映画でしか見ない、倉庫街がどこまでも広がっていた。


 春の暖かな潮風に、内峰のハーフアップにした長い黒髪がなびいた。


一瞬、その姿を綺麗だと思いながら、俺は潮風をすするように鼻をこすった。


「ここが内峰の仕事場か? 誰もいないぞ?」

「うん、厳密には、あの貨物船の中だね」


 そう言うと、内峰は俺を誘導するように、停泊中の貨物船の影へ駆け込み、船の背後へと小走りになった。


 ――それにしても、凄い船だな……。


 埠頭に広大な影を落とす船舶を見上げながら、彼女の後ろについていく。


 すると、その貨物船は巨大な後部ハッチが開きっぱなしで、ハッチが海水に浸っていた。


「あの中にテレポートして」


 内峰は、気さくに俺の手を握ってきた。


 ――詩冴もだけど、男子の手を簡単に握れる女子って凄いな。


 ビッチは除くけど、詩冴も内峰もちろんビッチじゃない。普通の女の子だ。


 それだけ人懐っこいというか、コミュ力があるのだろう。


 朝も、学校で仲がいいわけではない坂東のフォローを入れていたし。


 言われるがまま、二人で貨物室の入り口にテレポートする。


 テレビのチャンネルが変わるように、視界が切り替わった。


「さすがに広いな」


 貨物室の中は体育館よりもずっと広くて、奥のほうなんて、霞んでしまいそうだった。


 ――全長は100メートルはありそうだな……。


「それで内峰、こんなところで何をするんだ?」


 早百合部長は、詳しくは向こうで内峰から聞いて欲しいと言っていた。


 合同庁舎では話せない理由でもあるのだろうか?


「私は金属班だからね、海から、金属を抽出するんだよ」

「え?」


 俺が驚いている間に、内峰は海の方へ向かって歩き出した。


 海に向かって大きく口を開いたハッチ。


 その端には座り心地の良さそうなソファと、テーブルが置かれている。


 ソファに腰を下ろすと、内峰は、靴の先で、タン、と床を蹴った。


 刹那、彼女の足元がスパークした。


 電流のような光は床、ハッチ、そして、海へと消える。途端に、海の水が一斉に船内へ押し寄せてきた。


「おわっ!? え?」


 驚いて一歩引いてから、俺は首を傾げた。


 海水が登ってきたかと思えば、ソレは銀色をしていた。


 銀色の細い川が、床の上を何本も走っていく。いや、何故か二本だけ、色が違う。


 一本は金色で、一本は赤っぽい。


 その光景を、俺が目を丸くして追っていると、内峰の優しい声が説明を始めてくれた。


「これが、私の仕事だよ。私の能力は、物質の分解と再構築をするリビルディング。知ってる? 海にはね、77種類の元素が溶け込んでいるの。その中には鉄も銅も金も銀もプラチナも入っている。金なんて、今まで人類が掘り起こしたのが22万トンなのに、海には50億トンも溶けているんだよ」

「そんなにか!? じゃあ何で誰も採取しな、いや、濃度が薄いのか」


 俺がすぐに気づいて訂正すると、内峰は生徒が100点を取った担任のようにっこりと笑った。


「正解だよ。なにせ海水1トンあたり1ミリグラムしか含まれていないからね。海水を蒸発させる燃料費のほうが莫大にかかっちゃうよ」


 鈴を鳴らすように、コロコロと笑う内峰にはあざとさがなかった。素直に可愛くて、しばらく眺めていたくなった。


 ――内峰みたいな女子って、実在すんだな。


「あの金色のは金で、赤っぽいのが銅、あとの銀色のやつは、他の金属ってわけか」

「そういうこと。それで奥井君には悪いんだけど、今から10分おきに戻ってきて、インゴットをそれぞれ別の倉庫内にテレポートさせて欲しいの」

「だからこの港なんだな」


 どこまでも続く倉庫街を思い出しながら頷いた。


「さっき、早百合部長からもらったファイル、開いてみて。そこに地図情報が載っているはずだから」


 言われた通り、早百合部長から受け取ったファイルを開くと、倉庫街の見取り図が視界いっぱいに広がった。


 無数の倉庫には、倉庫番号と、何の金属をテレポートさせるのかが記載されていた。


 首を回して、チラリと倉庫の奥を見やった。


 金属別にインゴットがピラミッド状に積み上がり、その高さは成長の一途を辿っている。


 あの勢いなら、10分後にはこの広い倉庫も満載になりそうだ。


「だけどね奥井君、このことは他言無用でお願い」

「それは、悪用されないようにか?」

「それもあるけど、もしもこのことが世間にバレたら、きっと国連は、海水の利用を制限するでしょ? それでもいつかはバレちゃうと思うけど、それまでにどれだけの金属を回収できるかが問題だね。私の仕事は表向き、【都市鉱山】から金属を回収するってことになっているけど、【廃品】の中に含まれる金は1万トンだもん。量が違い過ぎるよ」


 都市鉱山。

 確か、家電とかの機械ゴミに含まれる金属を、鉱脈に見立てた言い方だったかな?


「だからね」


 内峰はソファから立ち上がると、やわらかい足取りで歩み寄ってきた。


「このことはみんなに秘密だよ」


 ウィンクと笑顔に、俺は一瞬、棒立ちで固まってしまった。


 それぐらい、内峰の笑顔は魅力的だった。


 別に、内峰のことが好きなわけじゃない。


 ただし、犬が可愛いとか、富士山が綺麗だとか、音楽に聞き惚れたり、視聴覚情報に魅力を感じる心ぐらい、俺も持っている。


 だから、内峰の包容力溢れる声と柔和な笑みにイイナと感じても、これは仕方ないのだと、自分に言い訳をした。


 だけど、どれだけ言い訳をしようと、俺が彼女と秘密を共有することで、一種の達成感と優越感を感じてしまうことは、誤魔化しようがなかった。


 ――俺も所詮男か。


 早百合部長も知っているだろうし、何も、俺と内峰だけの秘密、というわけでもない。なのに、馬鹿な話だと、軽い自己嫌悪になってしまう。


 でも、この感覚は嫌じゃなかった。

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