5章-10

 アリサの剣が魔王を切り裂き、魔王の体が地に崩れ落ちると光になって消滅していく。


「やったぞ! あの子が勝ったんだ!」


 誰かがそう叫ぶと、次々と周囲の人々から歓声があがる。

 アリサは安堵したような、しかし、どこか呆然としたような表情でその場に座り込んでしまった。

 ……化け物の様な強さを見せつけていた魔王を長い冒険の果てに、自らの手で打ち倒したのだ。

 実感が湧かないのも、無理はないか。

 座り込むアリサの元へ彼女の仲間達が駆け寄り喜びを分かち合っている最中、突如としてアリサ達の周囲が淡い光りに包まれる。


「アリサ!? 大丈夫!?」


 何が起きているのかわからないけど、僕もアリサの元へと駆け寄る。

 こちらを向いた彼女の顔には、困惑の表情が浮かんでいた。


「ボクは大丈夫。だけど、この光は一体何なんだ?」


 アリサだけではなく、ゴリアンさんやレイリーさんも同じように困惑の表情を浮かべている。

 只一人、カオルさんを除いて。


「魔王が消滅したから、魔王による魔法の効力が無くなったのよ。魔王の魔法でこの世界にやってきたアタシ達は元の世界に帰されちゃうみたいね……強制的に」


 何が起きているのかわかっていない僕達に今の状況をカオルさんが説明してくれる。

 アリサが褒めていた通り、本当にアリサより魔法に詳しいんだな。

 ……アリサとも、これでお別れなのか。


「そうか。……カオル、ボク達が元の世界に戻るまでどの位の時間が残っているの? 仁良や彼のお母さんには世話になったから、別れの挨拶をしておきたいんだ」


「精々十分か、それよりも短いか……。何にしても、時間は余り残されてないわ。……それにアリサには別れの挨拶をする意味があるかもしれないけれど、彼等にとっては意味が無いわ。アタシ達の事を忘れてしまうでしょうから」


 ……今、とんでもない事実が耳に入った気がするぞ。


「カオルさん、今何て言いました? 僕がアリサ達の事を忘れてしまうって、聞こえたような気がするんですけど?」


「そう言ったのよ。魔王の魔法によってこの世界で起きた事は、奴が消滅した事で全部無かった事になるわ。今の戦いの事も忘れてしまうでしょうね」


 ……アリサの事を忘れてしまう?

 あまりのショックに声も出ない。

 アリサの方を見てみると彼女もショックを受けている様子だったが、すぐにカオルさんへと詰め寄っていく。


「カオル、どうにかならないのかい? 君はボクの知っている最高の魔法使いだ。……何とかなるって言ってくれよ」


「……ごめんなさい。今のアタシじゃ何もできないわ。もう一度この世界に来るためには元の世界に戻って魔王の使った転移魔法の研究を行う必要があるけれど、研究にどのくらいの時間がかかるのかわからない。それに、この世界にもう一度来ることができても彼らの記憶を戻すことはできないと思う」


「……そうか」


 そう言ったきり、アリサは俯いてしまう……。

 僕や母さんにまともにお別れを言えない事で、ここまで落ち込んでくれるのか。

 意気消沈した様子のアリサを慰めるかのように、ゴリアンさんが彼女の肩に手を置く。


「アリサ、落ち込む気持ちはわかるが、今は他にやるべきことがあるだろう」


「ゴリアンの言う通りです。時間はもう少ないのだから、今できる事をやるべきですよ」


 二人の言葉を聞いたアリサは顔を上げる。

 その眼には、先程まで落ち込んでいたとは思えない程の力強さが宿っているように僕には見えた。


「……うん、二人の言う通りだ。今できる事をやらないと。……ボクのやりたい事を。ありがとう皆、最後まで迷惑ばかりかけてしまうね」


 アリサが仲間達の方を見たその時、周囲の光が一層強く輝き始めてアリサ以外の三人の体が段々と薄くなっていく。


「アリサはアタシ達に比べて魔王の行使した魔法の影響が弱かったから。その分だけ元の世界に戻されるまでに時間がかかるみたいね」


 三人が揃って僕の方を向き、ゴリアンさんが一歩前に出てこちらに手を差し出す。


「仁良、お前のおかげでアリサを助けるのが間に合った。礼を言う」


「……僕なんて、何も出来なかったです。むしろ礼を言うのはこちらの方。ゴリアンさんが助けてくれなかったら死んでましたよ」


 握手をしながら、何とかゴリアンさんの言葉を聞き取って彼に礼を言う。

 ゴリアンさんの手を放すとレイリーさんが手を差し出してきたのでその手を取る。


「私達の手助けをしてくれてありがとうございます。あなたの未来に幸運が訪れるように祈っていますよ」


「こちらこそ、傷の治療ありがとうございました。……それにしても戦闘時とは本当に性格が違いますね……」


 そして二人に続くように、カオルさんも手を差し出してくる。


「アンタのお蔭でアリサを助ける事ができたし、以前助けられたからね。とりあえず、礼を言うわ」


 以前助けられた?

 ……ああ、不良に絡まれていた時に割って入って時の事か。


「いや、礼を言われるほどの事はやってな痛たたた!?」


 カオルさんの手を取った瞬間に万力のような力で手が締め上げられる。

 彼女は僕にしか聞こえないような小さな声で語りかける。


「この後アリサと二人だけになるけど、変な気を起こすんじゃないわよ。もし何かやったら……フフフ」


 ……目が怖い。

 アリサはカオルさんの事を褒めちぎっていたが、僕に対する態度を見るに友人である事による贔屓目がかなり強いのではなかろうか。


「へ、変な気って何を言ってるんですか。何もしないですよ……」


 カオルさんから手を放してもらった直後、三人の体が目の眩む様な強い光に包まれかと思うと、次の瞬間には彼らの姿は消えてしまっていた。


「消えた……三人共、無事に帰れるといいけど……」


「ボクの仲間だ。大丈夫に決まっているさ」


 その場からいなくなった三人の身を案じる僕に対し、アリサは迷いなく大丈夫だと言い切った。

 長く一緒に旅をしてきた彼女がそう言うのだ。

 僕が心配する必要は無いのだろう。

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