3章-1
アリサと出会ってから一週間が立つ。
数日前にゴリアンさんを見つけてからも毎日のようにアリサの仲間を探し回ったが、何の成果も得られず。
家に帰った僕達は途方に暮れていた。
「これだけ探し回って何の手掛かりも無いと、流石に気が滅入ってくるな。ゴリアンを見つけた時みたいに情報が無いと厳しいなぁ……」
「ゴリアンさんの時は運が良かったんだよ。今は地道に捜索を続けるしかない」
成果が得られない事を愚痴るアリサを諫める。
楽に成果を得られる方法があればいいのだが、今は地道な調査を続けるしかない。
「明日は何処を探そうか? 君の仲間達があまり遠くにいなければいいんだけど」
「うーん……張り切っている所悪いけど、明日は休む事にする。偶には休息も必要だよ」
ゴリアンの時みたいにテレビから新しい情報が入るかもしれないし、とアリサは付け加える。
……どうやらアリサはテレビを気に入ったらしく、家にいて特にやる事が無い時はよくテレビを見ている。
本人に聞いてみた時は情報収集の為と否定していたが、その割にニュースではなくドラマやバラエティを見ている事が多いのは僕の気のせいでは無いだろう。
「……それじゃあ僕は図書館に行って夏休みの課題を進めてくるよ。あまり溜めすぎると後々苦労するからね」
「すまない。ボクに付き合ってもらっている所為で遅れているんだよね? 本当はもっと早く終わるだろうに」
「気にしなくてもいいよ。あんまり早く終わらせても夏休み中にやる事が無くなるから」
現状の進歩としてはまったく問題ない。
むしろ、いつもより早く仕上がっている位だ。
アリサの手伝いに時間を割く為に、課題をこなすペースが去年よりも上がっている。
……別にアリサと長く過ごしていたいから課題を早く終わらせているのではない。
あくまでアリサを手伝う時間を増やす為に課題を進めるペースが速くなっているんだ。
「休みでも課題があるなんて大変だよね。ボクだったら思わず投げ出しちゃうかも」
「それができれば苦労しないんだよ。将来の事にも影響してくるから、ちゃんと終わらせないと」
アリサの言葉に苦笑しながら答える。
学校の成績に関わってくる以上しっかり終わらせないといけないのは確かだし、将来何が役に立つかわからない以上、学校で教わることくらいは勉強しておきたい。
……しかし魔王を討伐する旅に出て、実際に魔王を追い詰めたと言っているアリサが課題ごときを投げ出すとは到底思えないな。
「将来か……魔王を倒した後の事、あんまり考えた事無かったな。ねえ、仁良は将来どんな事をしたいの? 参考までに聞かせてもらってもいいかい?」
アリサから将来の事について聞かれて返事を返そうとするが、すぐに答えを出すことができずに暫く考え込む。
……今通っている高校は入れそうな所を受けただけで、特に何かしたい事があるという訳ではなかった。
将来についても大学に進学してから就職するといった、漠然としたビジョンしか思い浮かばない。
「僕もアリサと同じだよ。今まで自分の将来について深く考えた事なかったな……そろそろ進路も考えないとなぁ」
そう言いながら僕は立ち上がる。
「明日に備えてそろそろ寝るよ。お休みアリサ」
おやすみなさいというアリサの返事を聞きながら、寝室に向かっていった。
翌日のお昼前。
朝から図書館で勉強をしている僕の肩が、誰かに叩かれる。
顔を上げるとそこには、母さんが買ってきたブラウスとズボンを身に着けたアリサがいた。
動物園からの帰りに宣言した通り、アリサはスカートではなくズボンを履くようになった。
スカートも似合っていたと思うのだが、本人は動きやすい方が良いそうだ。
……そんな事よりも何故アリサがここにいるのだろう?
驚いて叫びそうになるのを何とか呑み込み、声のトーンを落として彼女と話し始める。
「アリサ? どうしてここに?」
「仁良が財布を忘れているのにお母さんが気付いてね。届けるように頼まれたから、ここにきたんだ」
アリサはそう言うと、僕に向けて財布を差し出してくる。
「ありがとう。危うく昼食が食べられない所だったよ」
お礼を言ってアリサから財布を受け取る。
「それにしても凄いね。こんなに沢山の本、城の図書室でしか見た事がないよ」
アリサは周囲の本を興味深そうに見渡している。
……異世界の本って、どんな内容なのだろうか?
少し気になるけど、今は勉強に集中しないと。
しかし、アリサも本を読むのか。
少し意外だな。
「勝手に持ち出す事できないけど、館内で読むだけなら問題ないよ。興味があるなら読んでみれば?」
「じゃあそうさせてもらおうかな。仁良の家にある本は何冊か読んでみたけど、中々に面白かったからね。それじゃあ、ボクはこれで失礼させてもらうよ」
「アリサ、ちょっと待って」
館内を散策する為に立ち去ろうとするアリサを呼び止める。
「あと少し勉強したら昼食にしようと思うんだ。しばらく図書館にいるなら、一緒に何か食べに行かない? 財布を持ってきてくれたお礼に奢るよ」
アリサを食事に誘う。
財布を持ってきてくれたお礼がしたいだけであって、断じて他意は無い……と思う。
「いいの? じゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな。それじゃあ、また後で」
アリサを見送ってから勉強を再開する。
心なしか、いつもより勉強が捗ったような気がした。
暫くして勉強を終えた僕は図書館内にいるはずのアリサを探しているが、一向に見つからない。
アリサの本の好みが分かれば探しようもあるのだろうが、それを知るすべはない。
さっき聞いておけば良かったか……。
そんな事を考えていると、背後から声を掛けられる。
「おや? 多田君じゃないですか。課題の進歩は順調ですか?」
声に反応して振り返るとそこには、僕のクラスの担任である桜蘇怜悧(さくらそ れいり)先生が立っていた。
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