新たな一歩

叶音は僕の話を静かに聞いていた。

「叶音は昔、兄さんと奏さんのことをパパとママって呼んでたらしいから叶音には、お父さんって呼ばせることにしたんだ。今でも、叶音のパパとママは兄さんと、奏さんなんだよ」

僕は最後にそう叶音に伝えた。

僕は叶音の法的な意味での本当の家族で父親という身分ではあるけど、兄さんと奏さんの間で育まれた愛を僕はどうしても横取りできなかった。そんな僕の考えたほんの少しの兄さんへの気持ち。

「…ママ」

「うん」

「…パパ?」

「うん」

叶音はその言葉の感触を確かめるようにそう言った。僕は自分のスマホを起動して、写真ホルダーの1番最初に保存されている写真を表示させる。これは僕が叶音に初めて会いに行った時の写真だ。

「はい」

叶音にスマホを差し出すと、叶音は食い入るようにスマホの画面を見つめ始めた。

「綺麗な写真だろ?奏さんがせっかくだからお花見に行こうって言ってくれてみんなで行ったんだけど叶音がなんでか不機嫌で、兄さんと奏さんが何度も何度もベビーカーを止めてあやすんだけどなかなか機嫌が治らなくてね、段々待つのに飽きてきた時にふと撮った写真なんだ」

思えばあの時の僕はまさか3年後にこの子の親に自分がなるなんて夢にも思っていなかった。

叶音がいくらぐずっていても自分の都合のいい時ぐらいしかあやしたりしなかったし、飽きたらこうやって全然別のことをしていた。

「パパ?」

「うん」

「ママ?」

「うん」

叶音が三人だけが映る写真に一人一人、指を差しながら僕に確認する。叶音は何かをそこから一生懸命に感じ取ろうとしているようだった。

「今度、桜が咲く頃になったらそこに行ってみようか」

叶音と行くのが怖くてわざわざ桜を見に行く、という行事を我が家ではしたことがない。

「うん、今度はお父さんと写真撮ろうね」

叶音のその言葉に僕がどれほど救われたことか。

「そうだね」

僕は叶音の頭を撫でながら言った。



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