第16話 ペナン〜コロンボ その1 1934年1月12日

 1月12日、金曜日。空はどんよりとした曇りで時々雨も降っていたので、これではプールにも入れない。今朝は早くに目が覚めてしまったせいか、まだ眠くて仕方がない。照国丸はスマトラ島の北端の近くを走っていて、水平線には山影がよく見えている。右手には島があって、人家まで見える近さだった。波は穏やかで水面が夏雲の影を映し出していて、飛び魚が飛んでいた。


 朝食を食べた後に、デッキゴルフにチャレンジしてみて、これがなかなか面白かった。それから照国丸の電機士が写してくれた写真を受け取ったが、結構良く撮れていた。

 

 昼食前に後甲板でテンプルさんとばったり出会った。以前、彼女が救命胴着を着ている姿を撮影してあげた事があって、「もし出来ていたら下さいませんか?」と言われたのだが、「実はあれは8ミリカメラでしたのでフィルムを差し上げる事は出来無いのですが、もしお望みでしたらまた写真のカメラで撮影し直しましょうか?」とお伝えした。それから私たちの共通の知り合いであるツリーさんの事についてお話しをした。「残念ながら、まだ垂水のツリーさんのお宅にはお訪ねした事がありませんの。私はこれからパリで3年間声楽を勉強を致しますのよ」とおっしゃっていた。


 昼食後は西洋人の習慣の真似をして昼寝をした。午後3時にお茶を飲み、それからまたデッキゴルフに興じた。


 午後4時にはヨーロッパから帰って来る日本郵船の貨客船である鹿島丸と照国丸がすれ違う予定になっていたので、皆で打ち合わせてその瞬間を待っていた。運の悪い事に海上が細雨で覆われてしまって見晴しが悪くなったのだが、その朦朧とした視界の中から鹿島丸が姿を現わして来た。鹿島丸の本来のコースは照国丸と反対方向だったのだが、やがて急にこちら側へ進路を180度転回して二つの船が平行に並び、だんだん近づいて来る。


 まず鹿島丸が汽笛を鳴らして照国丸がそれに応えていた(船長の歳が若い方が先に挨拶するのがしきたりだそうだ)。鹿島丸は大きさが10,554トンで、照国丸の11,931トンと比べると、その差は1,377トンあってやや小ぶりだった。乗客数で言えば鹿島丸が244名、照国丸が249名と大して変わらないが、一等と二等船客を合わせた数では鹿島丸は171名、照国丸が189名と、上等船客の数では照国丸の方がやや多い。そう言った理由から、格付けとしては照国丸の方が上と言う訳だ。その鹿島丸の甲板をよく見ると、乗客や船員たち10人くらいが大きな郵船社旗や日本国旗を手に持って、こちらに向かってしきりと振っている。船体の中央と船尾には大きな赤い縁取りの布が掲げてあって、それには「御安航祈」と大きく書かれていた。乗客たちがお互いにハンカチを振り合いながら、大声で「おーい」と呼び合った。みるみる内に二つの貨客船同士はすれ違って、やがて離れて行った。日本に帰って行く船を見ると、こちらも急に帰りたくなる物だそうだが、私は少しもそんな気は起こらなかった。隣で並んで見ていた女史先生にその事を話すと「私は日本を出てから何の仕事もしてないので、まだ帰りたくはありません。でも今までの航海の経験だけで、日本に帰って皆に話したい事がもう沢山ありますね」との事だった。


 後で事務長に聞いたら、鹿島丸の事務長や船医、それに司厨長(食料を管理する部の部長)はかつて照国丸に乗っていた経験があるので、なおさら特別に歓迎してくれたらしい。照国丸の方ではと言うと、鹿島丸ほど騒ぎが大きくなかったので、すれ違ってから無線電信でイヤミを伝えて来たそうだ。その内容とは、


 「メダマ ハ カンゲイ  オイラン ハ シヅカ」


 メダマ(目玉)と言うのは鹿島丸の事で、オイラン(花魁)とは照国丸の船首が大きい事から付けられたあだ名らしい。


 これからコロンボを過ぎて2日目には靖国丸と出会う予定になっている。靖国丸と照国丸は姉妹船なので、お互いに花火を上げて大騒ぎをするらしい。もしそれが昼間だったら8ミリカメラでその様子を撮影しよう。


 午後5時15分には私の毎日の行動のお決まりになった風呂に入った。


 この時刻あたりから照国丸はスマトラ島の北端を離れてベンガル湾に入ったらしく、船体が縦に揺れる様になって来た。私は喉からゲップがしきりに出て、昼食のサラダに入っていた生葱の匂いがして気持ちが悪くなった。これは照国丸が揺れが原因では無さそうだったが、用心して夕食は食堂に出なかった。そうしたらボーイがアイスクリームと果物を船室までわざわざ持って来てくれたので、それを食べて夕食にした。マウント氏の話によると、食堂では新鮮な豆腐料理が出たので、どうやら照国丸にはモーター仕掛けの豆腐製造機が積まれているらしいとの事だった。


 午後8時20分から甲板で映画の上映会が開かれるので、白いタキシードを着た西洋人が数人出て来た。私はまだ気分があまり良くなかったのだが、元気を出して見に行った。聞くと映画は一等船客に見せるだけで、二等船客は招かれないらしい。映画ではこれから行くコロンボの風景が一巻上映されたので、これで現地の様子の見当が大体ついた。象がこき使われている風景も写っていて、これは面白そうだった。あとはアメリカのコメディが四巻くらい上映されて、午後9時に終わった。映画を見ている最中では、甲板の上に風がよく通リ抜けていて涼しく鑑賞出来た。


 夜寝る前に時計を40分遅らせて時差の調整をした。


 ペナンからの移動距離367海里 (679km)。移動歩数2600歩。

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