私の友達が「血吸っていい?」って聞いてきた

山田よつば

私の友達が「血吸っていい?」って聞いてきた

女子高生と吸血鬼

第1話 「血吸っていい?」

「血吸っていい?」


 時間的にちょうどよく夕焼けに照らされ、インスタ映えしそうな雰囲気を漂わせる私達の教室。

 誰も残っていない教室。そこに二人きりの女女。男女じゃなく女女。


 性別が違えば考えることも違いそうなこのシチュエーションで、私は友達にあっと驚きたくなる要求をされた。


「……なんで?」

「千草じゃないと頼めないから?」

「私に頼まれても飲み込めないんだけど」

「そんなゴクゴク飲み込む感じでは吸わないよ」

「それは知ってるけど」


 そういう話じゃない、という感じでツッコんでいい会話なんだろうか、これは。

 そこはまだ私も探り探りやってる。


「吸わなきゃ死ぬならいいけど」

「死にはしないね」

「ならダメかな」

「吸われるの意外と気持ちいいらしいよ」

「誘い方が違法薬物なんだって」


 吸われるを吸うに変えたら警察のお世話になれそう。

 実際、羽月を警察に突き出したらどうなるんだろう。ちょっと気になる。


 警察よりは動物の研究所の方が合ってるかもしれないけど。

 今もUMA研究してる人とかいるのかな。


「ねー、お願い。吸血鬼ごっこだと思って」

「ごっこならいいけど」

「ちょっとチクッとするだけだから」

「なら献血してくるよ」

「私への献血だと思ってさあ」


 我ながら、せっかくロマンチックな雰囲気の教室で何を話しているんだろう。

 でも、こんな話を人の前でしてしまったら周りが混乱してしまうから仕方がない。


 もし今日がハロウィンだったら、いいロールプレイするなあと思ってもらえるかもしれないけど。

 ハロウィンから一番離れた季節にこんな会話を聞かれたら変な目を向けられること間違いなし。


 何より、


「いや……人、とは言い切れなくない?」

「そうだね、大体吸血鬼だ」


 友達が吸血鬼だなんてことは、私にとっても誰にも聞かれたくないことだし。



 ◇◆◇◆◇



 それが発覚したのは入学から数週間が経った頃だった。


「…………えっ」


 帰ろうと一度家に帰ってから数分後。

 鞄を丸ごと忘れた自分のダイナミックな忘れ物に気づいて、仕方なく家から徒歩で行けてしまう校舎に戻ると、なんでか私のクラスの教壇には血液パックがいくつか置いてあった。


 そしてその端では、血をゴクゴクするクラスメートが数人。

 それはもう幸せそうに飲んでた。幸せそうすぎて私が入ってきたことにも気づいていなかった。


 いや、誰か来たことには気づいてたけど、それが私だってことには気づいていなかったのかもしれない。

 見張りっぽく立ってた一人も、お、君も飲みに来たの? みたいな雰囲気だった。


 それから十秒くらい経ってから、立ち尽くす私の存在に一人が気づいて、大慌てで全員でそれを誤魔化そうとしてきた。

 これはトマトジュースで、とか吸血鬼あるあるな言い訳をして。

 ちなみにどう考えても匂いはトマトジュースじゃなかった。


 そこまで行くと目の前のフィクションな光景にも慣れてきていたから、いやそれ血だよね、と冷静に聞いてみると、その中の一人が観念して、このクラスは一人を除いて全員吸血鬼なんだと教えてくれた。


 いや、マジですか。


 君達だけじゃなくて全員なのかよ。しかも私だけ人間なのかよ。とは言えず心の中で叫んだ。


 あいつもそいつもこいつもどいつも。

 全員吸血鬼で、あいつだけ吸血鬼じゃないんだよな、という目で私を見ていたわけだ。


 悲しい。悲しすぎる。クラスメートだと思っていたのに。

 実際に悲しかったかはさておき。


 ただ、そのカミングアウトに不思議と納得してる私もいた。

 それは皆が吸血鬼っぽい行動を取っていたとかではなく、クラスで私だけ浮いてる気がしていたから。


 いやいやそれはあなたの性格のせいでしょ? と言われても「まあ……」としか言えないけど、中学までは友達100人はいないものの四人くらいはいるような人間だった。

 なのに高校でできた友達はたった一人。


 意図せず高校入学とともにぼっちへクラスチェンジ。いや、一人はいるからぼっちじゃないのか。


 だけどそうなると、今度はそのたった一人の友達への疑問も強まってくる。

 皆がよそよそしくしてた中私と真っ先に仲良くなった一人の女子。羽月。


 たった一人の友達を疑わなきゃいけないなんてそんな悲しいことがあるだろうか。

 でもクラスメートが血をちゅーちゅーしてたところを目撃して、わりと普通に帰れた後、すぐに思い浮かんだのは悪役面で「オホホホ」と笑う羽月の顔だった。


 連携して教室でこっそり血を摂取するくらいだし、全員クラスメートが吸血鬼かそうじゃないかは知ってたはずなのに、羽月は私に近づいてきた。

 明らかに何かを企んでる人間の動き、いや、吸血鬼の動きだ。


 羽月自体は結構いい友達だ。

 気が合うし、可愛いのに嫌味がないし、胸も大きい。


 入学してから出会ったにしては仲が良い方だと思う。


 それだけに、羽月を疑ったまま過ごすのには抵抗があった。

 私がなんにも感じ取れない鈍感女になれば全て解決なのかもしれない。

 だけど残念ながら私は疑り深い方だ。細かな仕草から相手の心情を見極めようとしてよく失敗する。面倒くさい性格だと思う。


 そんな迷探偵な私の推理では、羽月が私に近づいてきた理由は二つあった。


 一つ目は人間に興味があったから、二つ目は仲良くなったところで隙を突いて血を頂くつもりだったから。


 前者なら友達。後者なら全力疾走。


 人間の心情なんてものはシンプルなものじゃなく、人が予想して当たるようなものじゃないことはわかっていたけど、その時の私はその選択肢のどちらかしかないと思い込んで、血目当てじゃないといいなぁと考えていた。


 ここで私が特別な血の持ち主だったりしたら争奪戦になるんだろうけど、私は普通のA型だし、ついでに言うとがりがりのぺったんこだから食べても美味しくはない。


 でも皆にとっては私は猛獣の檻に入れられた餌みたいなものだよなー、餌が貧相でも食うっちゃ食うよなーと、ぐるぐる思考を迷わせながら夜を過ごし、明日登校してもいいのかなーと迷いながらもわりかしぐっすり寝て迎えた次の日。


 驚いたことに登校してみた教室の様子は至って普通で、あれ、昨日のは夢だったのかな? と半ば本気で思ったりもした。

 昨日会ったクラスメートも特にこっちを見てきたりはしないし、誰かが後ろから噛み付いてきたりはしないし。


 ああ、吸血鬼って言ってもちゃんと秩序があって、秘密を知られたからって無闇に人間に危害を加えたりはしないのかな、なんて考えて私は安心していた。


 でもよりによって、昼休みに近づいてきた羽月だけは様子が違って。


「ね、千草」

「なに?」

「血吸っていい?」


 物騒な台詞とは裏腹に表情はニコニコしてるおかしな羽月。


 その日から、私と羽月の関係が少しずつおかしくなっていった。

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