第23話 森の廃屋
後ろのバードに悟られないよう、ブロムは細く長く息を吐いた。気持ちを落ち着かせようとする。だが、何もないところで躓き、短い悲鳴を上げたバードに集中を乱され、またしても募る腹立たしさに、褪せた菫色の髪を掻きむしった。
小道が左右にうねり始めた。
「そろそろだな」
独りごち、ギルドで渡された簡易地図と道を照らし合わせた。次の分岐を左へ入り、しばらく進めば左手奥に廃屋があるはずだ。暗い木立を透かし見て、ブロムは眉を顰めた。
廃屋があると思しき森の奥から、霧が流れていた。サンディが鼻に皺を寄せて唸る。
「なるほど」
「雑多ですね」
バードも言う通り、複数の悪霊の気配があった。強いもの、弱いもの、新しいもの、年季が入ったもの。それらが、同じ方向、同じ位置から感じられる。
森の暗さに青ざめたバードの声が震えていた。
「だけど、何のために集まっているんでしょう」
「知らん。パーティでないことは確かだ」
多少、気持ちをほぐしてやろうかと、わざと肩をすくめて返せば、バードは束ねた髪を揺らして神妙に首を傾げた。
「悪霊も、踊ったりするんですか?」
「申し込んでみたらどうだ?」
「うーん。それなら俺は、サンディとの方を選びます」
どこから犬とダンスする発想が出てくるのか。しかも、真面目に、辺りを注意深く見回し、いつでも矢を番えられるよう構えながらの返答だ。思考回路がどうなっているのか。
バディを組むことで、新参者のバードは利を得るだろう。前に見たバードの戦いぶりは、魂狩りを始めて数ヶ月にしては悪くなかった。異様な前向きさで鍛錬したものだろう。だが、玄人のブロムには、足手まといにしかならない。果たして、今までにない動きの悪霊に対し、どれだけの働きができるか。
十年近く単独で行動してきたブロムが、顔合わせから数日しか経たないバードと、どこまで呼吸を合わせられるか。
重い頭を抱えている間に、霧は濃くなり、霞んだ廃屋が見えてきた。耳をすませると、くぐもった物音やうめき声も聞こえた。
偵察に止めるべきか。一気に踏み込むか。
しばらく、近くの茂みに身を隠して様子を窺った。
悪霊は、魂狩りの接近に気がついているのか、いないのか、少なくとも積極的に仕掛けてくる様子はなかった。
「片付ける、かな」
「今のままなら、いけそうですね」
突然強くなる、という情報は気になるところだ。だが、人工魔石を組み込んだブロムの剣であれば、一網打尽に瞬殺できなくもなさそうだ。
「行くか」
低く呟き、柄を構える。バードが細い喉仏を上下させ、緊張の面持ちで頷く。
バードが入り口に手をかけ、ブロムが腰を落とす。
開けます、と唇だけ動かしたバードが、勢いよく扉を開け放った。同時に、ブロムは前足へ重心を移した。
瞬間、ブロムの肌が、風に似た何かを感じた。
「何だ?」
勢い余って一歩踏み出したブロムとバードは、唖然として廃屋を覗き込んだ。
蜘蛛の巣が至る所に張られた天井の梁は、一部が崩落していた。埃が積もった床が、薄く射し込む光を孕んで、ボウッと明るい。カバーが破けたソファ、塗装が剥げた戸棚、錆びた薬缶。あらゆるものが、静寂の中に蹲っていた。
あれだけ蠢いていた悪霊の気配は、一瞬にして、消えていた。
(#novelber 23日目お題:ささくれ)
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