第21話 強くなった剣
翌朝、宿の寝台で目覚めたブロムは掌で顔を覆った。
風雨を防ぐ静かな宿の、柔らかな寝具であったが、野営慣れしたブロムにとっては逆に落ち着かなく、よく眠れたとは言い難かった。また、昨日のアカデミーの事故、謎の悪霊の気配、次に与えられる任務など、安眠を妨げる要因がありすぎた。
心も頭も重い。そしてなにより、体が重かった。
「……退け」
強引に体を起こすと、腹の上で寝そべっていた砂色の毛むくじゃらが、きゃうん、と鳴いて寝台の足元へ転がっていった。
宿が用意してくれていた水を飲み、吐き出した息は、そのまま深いため息になった。
魂狩りになって、心身ともに辛い朝はいくらでもあった。
そのどれと比べでも、今朝ほど陰鬱な気持ちになったことはなかった。前途に立ちはだかるものの大きさ、重さに、踏み込んでいく気力が起きない。個々の悪霊を浄め、魂を救うのとは違った重みを感じてならなかった。
とはいえ、悪霊絡みであれば、国家問題だろうと惑星間問題だろうと、魂狩りが巻き込まれるのは仕方ない。
弾力のある寝具と戯れる柔らかな砂色のサンディを横目に見ながら、ブロムはひとつの決意を固めていた。
ギルドに赴くと、剣はすでに出来上がっていた。渋るサンディを抱えて入室したブロムに、昨日の職員が綺麗に磨いた柄を差し出した。
「慣れるまでは、力加減が難しいかもしれない。ちょっとここで、試してごらん」
力の刃は、悪霊以外に被害をもたらせることはない。狭い室内で発動させても不具合はないが、興味津々な他の職員の目が気になって仕方なかった。
が、いきなり実戦で試すわけにもいかない。場合によっては、調整も必要とたたみ込まれると、試さないわけにいかなかった。
サンディを下ろし、呼吸を整える。
軽く柄を握り込んだだけだった。
ど、と腕に掛かった圧に、ブロムは慌てて腰を落とした。光が凝縮し刃に変わるまでの時間が、格段に短くなっていた。その分、反動が腕に掛かる。さらに、刃に収まりきらない光が、炎の揺らめきのように刃を包んでいた。軽く振れば、揺らめきは白い業火となって迸る。
室内を駆け巡る光の蛇に、職員はどよめき、サンディは驚き、机の下へ潜り込んだ。所詮、揺めきで、刃ほどの鋭さはないにしても、威嚇や目眩しに使えそうだ。もしかしたら、悪霊にはなんらかの効果を発揮するかもしれない。
「たしかに、すごい」
剣に意識を注ぐのをやめ、ブロムは陶然と柄を見下ろした。老職員が、ずり落ちた眼鏡を直しながら、にこやかに首を振る。
「いやいや、それが、お前さんの本来の力とも言えよう。今まで、どれだけ無駄に放散されていたか、分かってもらえたかな」
机の下のサンディを宥めるよう撫で、職員は小さな掛け声をかけて立ち上がった。
「それと、昨日言っていたバディだが」
言い終わらないうちに、入り口がおずおずと開いた。低い位置から、弱々しい声が入ってきた。
「あの、さっきの、なんなんですか?」
四つ這いで入室した魂狩りの姿に、ブロムは眉を上げた。
職員が、誇らしげに彼の腕を取って立たせた。
「紹介しよう。ブロム、お前さんと組んでもらうのは、こちらのバードだよ」
「断る」
脊髄反射で答えたブロムは、次の瞬間、口を押さえて気まずく付け足した。
「いや、改まった紹介はいい」
顔を上げたバードの頭の後ろで、束ねた長い金髪が、犬の尾のように揺れた。
「バディの相手って、ブロムさんだったんですね! やった! 心強いです」
「おや、知り合いだったのかい」
満面の笑みのバードと渋面のブロムを見比べ、職員が首を傾げた。
「それは奇遇だね。互いの武器の特性から組んだ結果だったんだが」
武器のレベルアップにより間合いが伸びたとは言っても、ブロムの武器は剣だ。相手の懐に踏み込まなければならない。その代わり、与えられるダメージは大きい。
対してバードの弓は、遠くから狙えるが、一矢で終わられることが難しい。
対峙しなければならない相手がどのような特性なのか分からない現状で、死角を減らし、有効な範囲を広げる方針は、理に適っている。
だが。
バードの明るさと半日付き合わされただけで消耗した気力を思うと、ブロムの口から、不満かため息しか出てこなかった。
「で、とりあえずの任務は」
重く尋ねるブロムに、職員は封筒を差し出した。
「歩いて半日ほどの森なんだけどね。この町の議員の別荘がある。議員が休日を過ごし、帰ってくる道の途中で、悪霊らしきものが廃屋に集まっているのを見たと言うんだ」
悪霊らしき、と示されたのは、正確には悪霊に取り憑かれたなにかだろう。それが、集まっている、とは。
(#novelber 21日目お題:帰り道)
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