part5

『コンピューターは便利なものですが、人間それに頼りきりになっていると、本当に自分が生きている存在であるかどうか疑問に思えてくることがあるんです。でも農業は違います。確かに私は今まで土いじりすら満足にやったことがありません。でも、生きているものに触れているという実感があるんです。』

 農業に関しては全くのど素人だった。妻の両親、そして彼女自身にも一から指導を受け、専門書を読んで勉強するという、試行錯誤の毎日だったが、それでも何とかここまでやって来た。

 彼は目を輝かせてそう答えた。

『友香里さんは素敵な女性です。それに強い女性です。私なんかが傍にいなくても、きっと大丈夫ですよ。』


 そこまで話した時、

”あの、これ家でとれた葡萄です”

 といって、襖を開け、紗子夫人がお盆の上に載せたガラスの鉢に、巨峰を二房ほど盛って入って来た。

『では、遠慮なく』

 俺は座卓の上に置かれた葡萄に手を伸ばす。

『お口に合えばいいんですが』

『いや、甘くて美味しいですな。果物は好きですから』

 口の中に入れてみると、適度な酸味に甘さが加わって、冗談ぬきで本当に美味い。

『ウチの葡萄園がここまでなったのも、主人が努力してくれたお陰です。本当に有難いと思っています』

 そういって彼女は夫と目を見合わせてから、俺の顔を見た。


『いえ、私の努力なんか大したことはないです。みんな義父と義母、そして妻が一から教えてくれたからですよ』


 座敷の中に、冬の初めの長閑のどかな日差しが一杯に差し込んでいた。

 隣の部屋からは、義父母らしき老人と、子供たちが笑って話をしている声が聞こえてくる。

”まるで昔観た小津安二郎の映画の中にいるようだな”

 俺は頭の中でそんなことを考えていた。

『ごちそうさまでした』

 葡萄を食べ終わり、茶を飲むと、俺は立ち上がる。

『用件は済みましたから、そろそろおいとまします』

俺はそう言いかけてから、

『確認しておきたいことがあります。奥さんの事も含め、今回の一切を私の依頼人にお話ししてもよろしいですね?』

 俺の問いに二人は再び顔を見合わせてから、はっきりした口調で

『ええ、構いません。それが貴方のお仕事でしょうから』といい、

 夫婦は同時に頷いた。


 玄関で靴を履いていると、急いで帰ることもないでしょう。夕食を如何ですかと誘われたが、これ以上この場にいても特別もう聞き出すこともなかろう。

 俺はそう思い、丁重に辞退をすると、家を後にした。

 夫婦は揃って俺を玄関先まで送ってくれ、後から加わった子供二人と共に、俺の姿が見えなくなるまで手を振って見送ってくれた。



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