【縁談の相手】~佐々葉華~


 「――縁談が決まった!?」


 「はい」


 可愛い妹に話があると言われ相談事かと思いきや、夜条風華昌映――私達が仕える陽敬宮の主人より縁談を頂戴し、今し方、承諾してきたとの事後報告だった。しかも相手はあの夜条風華煌侃だ。


 優淑は陽敬宮に入ってまだ一月と経っていない。


 「はいって、え、いや、何がどうなって……」


 あまりに早い展開だ。尚且つ縁談を持ち掛けた人物が、生粋の貴族育ちである昌映なのも信じ難い。平民の優淑を自分の孫に――、煌侃の気持ちを察しての計らいなのだろうか?


 「――はっ、円様がいらした理由って」


 久方に夜条風華円、煌侃の父が陽敬宮を訪れたかと思えば、成程、昌映に呼び出されたに相違ない。道理で今日に限り昌映は傍仕えの上位階級女官数名以外は下がらせ、タイミング悪く使いに出払っていた優淑を呼び戻させたのだ。

 

 「貴女あなたが承諾してここにいるってことは、円様も昌映様がお膳立てした縁談を持ち帰ったのね」


 「えっと……、恐縮ですが」


 

 優淑が遠慮がちに首肯する。不意にきらり輝く赤いかんざしに目が留まった。彼女が数日前から一本だけ挿し始めた、品のある玉簪たまかんざしだ。


 「聞きそびれていたけど、それ、夜条風侍衛に?」


 私が目配せするそれ・・に触れ、優淑は頬を赤らめた。


 「……はい」


 彼女の照れた様子で彼がどんな意味でかんざしを贈ったかわかる。

 親同士の利害の一致で決断に至る縁談は当人の意思など皆無だ、貴族は特にそういった傾向が多い。夜条風華煌侃も縁談を断り続けているものの、同じ穴の狢、何れは運命に抗えず宛がわられた令嬢を娶ると思っていた。しかし、推測は外れる。

 恐らく煌侃の意向を何らかの形で確認した昌映が、息子の円を皮切りに、今後は母親や皇后を交え、彼が望んだ縁談を取り纏めるのだろう。どうであれ、互いに慕い合う二人にとっては幸せな縁談だ。


 「昌映様やるわね……、だくする円様も流石さすがだわ」


 平民育ちの優淑を将来は男爵家を継ぐ孫の嫁に推薦した。他の夜条風華家は割と格差に差別がない。昌映が良しとするなら、息子が彼女を所望しょもうなら、両親にとっては願ったり叶ったりな縁談であったろう。


 「縁談話で疲弊していたでしょうし……」


 「――?」


 私の独り言に優淑が小首を傾げた。純粋無垢で鈍感な優淑がこの先の未来、独善的で私利私欲な令嬢達の蹴落とし合いに巻き込まれないか、心配でたまらない。


 「優淑、いいわ、大丈夫、私も決心したわ」


 「何を決心したんですか? 葉華さん」


 「夫人のお茶会にご招待されても、私が一緒に行けば守ってあげられる。夫人同士の交流も貴女あなたの隣に私がいれば牽制になる」


 「葉華さん?」


 「婚約者がいるのよ私、両親同士が決めた政略結婚で、時代にそぐわないでしょ? 腹が立って婚礼を延ばしていたの」

 

 当時16歳だった私は好きな人がいた。想いを告げる前に彼は別の女性と結婚し、ここ数年の間で帝国を離れている。実らなかった初恋をずるずる引き摺り、過去に縛られ情けなかったが、ようやく一歩を踏み出せそうだ。


 「――え、ええ!! こ、婚約者がいらっしゃったのですか!? 政略結婚……、決心って、ご結婚なさるんですか!?」


 優淑が矢継ぎ早に質問してくる。不謹慎だけど人が混乱した姿は何とも面白い。


 「こんな私を待つわ・・・の一言で放任した殿方よ。打たれ強くて意志がある貴族は中々いないし人生は妥協の連続、これはこれで天の導きね。貴女のお陰よ優淑、足踏みしてた私に勇気をくれてありがとう」


 人は時に誰かに背中を押してもらい、前に進める。優淑と出逢って私も大きく運命が変わった。


 「葉華さん……、そんな、私は何も」


 「今日早速、婚儀、進めて下さいって母に手紙を書くわ。クライトン様も驚くわね」


 「……クライトン様?」


 優淑が私が発した名前に驚愕する。ぱちぱち上下に動く睫毛は人形の如く長い。


 「私の婚約者、フォンネス・クライトン侍衛よ。夜条風華侍衛の幼馴染、一度は会ってるでしょう? 白銀の飄々とした男」


 「え゛、えええええ!!!」


 陽敬宮に優淑の叫び声が響き渡った。鼓膜が振動で震える。


 「――ちょっと何事!?」


 「あ、いえ、すみませんすみません」


 「申し訳ありません、私が――」


 侍女達が一斉に駆け付け、ぺこぺこ平謝りの優淑、聳動しょうどうさせてしまった私も一緒に謝罪する羽目になった。こんな些細な瞬間が楽しい、今までになかった感覚だ。


 彼女は何気ない日常に色を添えてくれる。私がちらり優淑を横目に窺うと、気づいた彼女は眉尻を下げ、苦い笑みを浮かべたのだった。


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