第26話 「訂正。この服着たあたし……見てみたい?」






「もう日も暮れてきたからあんまり時間ないけど、どこか行きたいところか、何かしたいことでもあるか?」



 真っ直ぐと凛とした表情で見つめてくる奏人は、あたしがあの夏から心の傷トラウマになっているだったけれど……


 勇気を出して、小さな一歩を踏み出してみた。



「じゃあ……手繋いで歩きたい」


「……分かった」



 無意識にこわばってしまうあたしに奏人がしてくれたのは、互いの距離が近すぎる恋人繋ぎなんかではなくて、小指を一本、たった一本だけあたしの小指にそっと絡めた優しい繋ぎ方。



「……これ、繋いでるって言うかな?」


「繋いでるよ」


「繋いでるか」


「これくらいの方が、安心できるだろ」


「……ありがと」



 男の人の顔つきのままだけれど、奏人のこういう優しさが、あたしのトラウマをそっと包んでくれる。


 この距離感が、今のあたしが受け入れることのできる男女の距離感だって、奏人は言わなくても理解してくれている。











「人……っていうか、カップルが増えてきたな」


「そうだね」



 菜々の要望通り、小指を繋いだままおれと菜々はショッピングモールをいささかゆっくりな足取りで巡っていた。


 やっぱり菜々の表情は少しばかり硬いけれど、それを吹き飛ばすくらいの笑顔も見せてくれているからきっと楽しんでくれていると思う。



「菜々?」



 小指を繋いでゆっくり歩いていて、ふと立ち止まった菜々に呼びかけるけども返事はない。


 代わりにショーケースに飾られた、ドレスのような白いワンピースを見上げていた。



「ねえ奏人」


「ん?」


「こういう服好きでしょ」


「……まあ、好きだけども」


「これ着たら、あたしも女の子らしくなれるかな?」


「今でも十分……」


「訂正。この服着たあたし……見てみたい?」


「………………見てみたい……かも」


「なら着る」



 奏人がそう答えるやいなや、菜々はそのワンピースが飾られたお店へと入っていき、店員さんに声をかけて色々と話している。


 それからすぐさま店員さんに案内されて奥の試着室へと向かっていった。






「奏人〜、お待たせ」


「おう……」



 試着室のカーテンを開いた先にいた菜々に、おれは目と心の両方を奪われた。



「どう……かな?」



 清楚なドレス調のワンピースに身を包み、ポニーテールを解いて髪を下ろした菜々。


 恥ずかしそうに首を傾げるその仕草にたまらなく愛おしさを感じる。



「めちゃくちゃ似合ってる」


「ほんとに?」


「ほんと」


「抱きしめたいくらい?」


「抱きしめっ……たいくらい」


「ちゃんと……女の子になってる?」


「……おれの世界で…………一番可愛い女の子になってる」


「〜〜〜っ///……なら、よかった……」



 何とも言えない甘い空気が二人の間に流れた。



(何これ、今までにないくらい幸せなんだが)



 きっと菜々も同じことを思っている。


 もじもじしながら、けれどおれを見つめることだけはやめようとしない。



 その空気に耐えられなくて、おれは試着室の前で控えていた店員さんに声をかけた。



「あっ、あの、すみません。この服買いますんでお会計お願いします」


「えっ、あっ、はい! ごちそうさまです!」


「ごちそうさま?」


「いっ、いえ、お買い上げありがとうございます」


「か、奏人! 待って、あたし自分で買うから別に」


「いいから、おれが払う」


「でも……」


「明日の誕生日プレゼント、ってことでいいだろ?」


「ぁ…………う、うん。それなら」



 明日の4月11日は菜々の17歳の誕生日であり、そして他界したおれの母親の命日でもある。


 その日は毎年、おれは母親の墓がある場所へ遠出して直接菜々の誕生日を祝えないため、いつもその前日、つまり今日4月10日にその誕生日を祝ってきた。


 だからポケットにプレゼントも用意してきていたのだが……



(今日の菜々には、渡せないかな)



 それは、女の子ではなく菜々に送るために選んだものだから。


 少し寂しいけれど、それを今日の菜々は望んでいない。


 だから、菜々にはこのワンピースを贈ろう。




「てことでお会計を……」


「ほんとごちそうさまです!!!」


「えっと……」



 なぜかテンションの高い店員さんに二度も『ごちそさま』をいただいた。





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