第4話 人食い伝説~小暮幸太郎著~

その丘の果ての境界線を越えた者は、未だに誰一人として発見や出現しておらず、失踪者、家出人、行方不明者として扱われる羽目になってしまった。神々の聖域として、明治元年より区域管理、又は、秘密裏に区域統制された境界線の先の地域は、一部の物知り顔(これは皮肉である)の間ではシラノコミヤと呼ばれ、それがいつしかシロノコミヤ、シロノミヤ、城見谷、そして現在では城圏獄と認識される運びとなったが、他にも様々な逸話は残っている。

しかしながら、上記の説が有力だろう。北九州地名辞典参照。

奇妙奇天烈な事象を、人は時に神隠しと恐れる。

城圏獄にまつわる初の失踪人は、地元農家の娘キヨ・当時7歳であった。

警察や村人総出の捜索の甲斐も虚しく、キヨに関わる手掛かりは何一つ掴めなかった。

両親はその後発狂し、隔離病棟に幽閉されたまま生涯を閉じたと云うが、キヨ失踪と精神混濁の因果関係に疑問を持った民俗学研究家・坂手揚之助はある事実を突き止めた。

城圏獄森羅万象生贄幸来習わしの儀。

神隠しなる言葉は、人間が都合よく創り上げた釈明であって真実ではない。

このことが何を意味しているのか、文明社会の落し穴たる土着信仰がその答えだ!

城圏獄には神仏はおろか、人々の魂も存在しないのだと、坂手は新聞各紙に訴えたのだ。

それでも疑問は残る、

先程村人総出と記したが、常軌を逸した集団詐欺行為は警察捜査も欺くほど万能なのだろうか?

城圏獄信者の中には、数名の警察関係者も含まれていたのではなかろうか。

狂気の世界。そう考える方が自然である。

生贄を選出するのは村の青年団代表・柊趙十郎と理事・漆原佐知代をはじめとする裏議連(別名を裏切れんというから実に滑稽であるがユーモアに富んでいる)であって、失踪したキヨの両親もうらぎれんに所属していた。

つまるところ、城圏獄森羅万象生贄幸来習わしの儀は、村ぐるみで行われる、未成年者誘拐・監禁・暴行殺人・死体損壊遺棄事件なのである。

さてさて、私自身の取材によって判明した奇実のような書き方をしたが、それら全ては民俗学研究家・坂手揚之助氏による独自調査から得られたものである。

しかし彼は死んだ。

散弾銃による自殺であった。

これまた奇妙奇天烈ではないか。

聖域に足を踏み入れた者は現世から消滅する。

実証実験を試みた民俗学研究家・坂手揚之助氏には哀悼の意を捧げたい。

志は不肖ながら、小生が引き継いでいるから安心して眠りたまえ。


文献によると、城圏獄一帯には人食い男爵と呼ばれる大男が暮らしていて、13尺2寸の身体で迷い人を圧死させては、その亡骸を貪り食っていたという。

酉の刻に目を覚まし、丑の刻に眠るというが姿を見た者は居ない。

人を食らうが心臓だけは残す。

それを森の動物や蟲達が食べる。

人間の心臓を食した生物は百年生き続けるらしい。

見事に生命を全うし、母なる大地へ抱かれる亡骸は栄養豊富で、森の木々を青々と育て、木の実や果実をたわわに実らせるのだ。

高慢な人間達に捧げる、大自然からの啓発文だと小生は捉えたのだが、夜に彷徨う子供たちばかりを好んで食した男爵は、ディナーが終わるとオイオイシクシクと泣いていたというから何ともお粗末ではないか。

所謂、作者不明の啓発文が人食い伝説で、陳腐な内容を利用した新興宗教が城圏獄の村人達なのだ。

混沌とした明治・大正・昭和の世で、人々の心を利用した金儲けの馬鹿話というのが事実であろう。

では誰が一番得するのかを考えると、ある政治団体と結びつくのだが・・・名前は伏せておこう。小生も長生きはしたい。

代わりと言っては何だが、ヒントとなる書物を書き残しておこうと思う。


昭和47年 12月25日

小暮幸太郎よりメリークリスマス


人食い伝説の謎・月間奇界歯車元日特別号掲載。






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