ジュジュとグロッサ(5)

「そう!梓ちゃんも一緒に!」

「そんな、私みたいな腰抜け女子には無理でしょ?」

『そんなことはないだろう梓、自分を信じろ』

「そ、アヌビセスいいこと言うね!」

「だって、どうやって……」

「それはね……いいこと教えてあげる」


 亀の兵隊はウジャウジャ増え続けることを止めない。

 こんなに大勢どこに隠れていたのかっていうぐらい集まって、私たちの背後はまさに背水陣はいすいのじんになった。


「自分を信じて、梓ちゃん」


 棗ちゃんの声がほどよく震えて、私の耳の鼓膜こまくを柔らかく揺らす。

 静かな水面に一滴、ぽちゃーんって雨雫あましずくが落ちるような心地いい音がする。

 私の足元が水面になって、足から逆さまの自分が写ってる。

 私たち、水の上に立ってる……。


「来たぞ!!」


 亀兵たちがズンズンと列をなし、外国の軍事パレードみたいな歩き方でこっちに迫ってくる。だけど、水に落ちるのだよねたぶん……でも亀だからいっか。

 ぽちゃーんと何か落ちたさっきの音は、亀がウッカリ水に落ちた音だったんだ。

 ズンズン進む亀兵は、次から次へと突進の途中でポチャンポチャンと水の中に飛び込むものだから、もしかしたら泳ぎたかったのかなって思えちゃう。

 そしてダイブする亀が水しぶきを上げるたび、その水しぶきは虹色のシャボン玉になってフワフワ浮いていく。

 虹色の水面にはクルクルと回りながらはすの葉が流れてくるので、私たちはみんな蓮の葉の上に乗ることにした。


「すごい、梓さん」


 ドンドンあふれ出る湧水ゆうすいは、ついにこの塔の中だけには収まらなくなって、外に溢れ出した。それは滝のように塔のあらゆる場所から噴き出して、その滝の中に亀兵も流されているのが見える。


「俺たちも滝に乗るぞ」


 私たちは蓮の葉に乗ったまま滝下りする。その滝は途中からフワフワのカラフルな泡みたいになって弾け出した。

 私たちは泡の滝からフワリ地上に降り立った。

 空はピンク。雲はクリーム色。

 地上はエメラルドグリーン。

 塔は瑠璃色るりいろ

 橋はライトパープルに可愛らしくペイントされてる。


「これが……ラブリードリーマーの真の力なのか……」


 でも亀の国だけは、意外としぶとかった。

 水中からでもマジメな亀兵たちは、もう陸に上がり始めてる。

 しかも、あれは少しやっかいかも……。


「おいおい、塔からキノコ機が発射されてるぞ!」

「めんどくせえ」

「すごいですう!ウラシマの底力たるや!」

「やるしかないか」

「梓ちゃん、あの巨大キノコどうしよっか?」

 色とりどりのキノコ円盤は龍宮塔りゅうぐうとうからいくつもいくつも空へ放たれ、私たちが待機する方へ近付いてきた。


「まず亀兵たちは、ひっくり返って起き上がれなくなる」

「よし!やった!」

 兵隊たちは次々と背中からズッコケて、起き上がれず手足をバタバタしてる。

「キノコ円盤は……全部小さな豆粒くらいのキノコ傘のチョコに分割されちゃう」

 私の空想はドンドン全部を可愛く変えちゃってた。すごく楽しかった。

 キノコが弾けて、空からアポロチョコがいっぱい降ってる。


「棗ちゃん、これ本当にいいの?」

「いいのいいの、それにあの塔だけはあのままにできないよね」

「うん」

 私は目を閉じた。

 むかしむかし悪い亀は、たくさんの人々からお金をだまし取っていました。縁起のいい亀に投資すればいつか幸せになると言って。

 人々は言いました「あの城は自分たちの金で建てた城だ」

 人々はいつかあの城が自分たちに幸福をもたらしてくれると信じていました。ですがそんな時はいつまでたっても訪れませんでした。

「あっ!」

「おお、すばらしい!」

「見事なものです!」

 私の背中に瑠璃色の蝶の羽が咲いた。それはそれはとても大きな蝶の羽が。

 パッと開いて羽ばたかせたら、キラキラと金粉が舞って空に上ってく。

 ガーディアンゴッドは悪い亀たちのせいで、美しい星も自分たちの綺麗な羽さえも失ってしまった。

 あの塔は、ガーディアンゴッドに返そう。


「パアアアアアアン!!」


 瑠璃色の龍宮塔はその綺麗なブルーが無数のルリシジミ蝶になって、風にあおられる花びらのように飛び立っていく。

 塔の上から風に流れる瑠璃色の蝶は、青く輝いて羽ばたき空に消える。

 蝶たちが飛び立ってから一瞬にして、そこにはもう塔などなくなっていた。

 ウラシマって何だったっけ。そう思わせるほどだった。


「おうおおお、のうおおお、れえいえええ」


 ポツンと一人になった将軍は、まるでコマをすべてなくした王将だった。仁王立におうだちしこちらを鬼の形相ぎょうそうにらんでいる。

 とてもお怒りのようだけど……大丈夫かな。

「ライオンがいるのか?」

「ああ、本当だ」

「いえ、ウラシマの王だよ」

 棗ちゃんが言った。

「エリス、あなたのお父さんがどうなるのかは、あなたに決めてほしい」

「お父様は欲張りすぎた。ウラシマの本来の姿を忘れてしまった。お父様の好きなものは、お金なんかじゃなかった」

 苦しむのは可哀想だし。

「あれは……」

「嬉しそうですね」

「そっか、ライオンって」

「ネコ科だったよね」

 ひとまず目が覚めるまで……。


「マタタビをたくさん用意してあげよう」

 エリスはそう思ったみたい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る