樹の守り神たち(4)

「そっかそっか、つらかったか、よしよし」

「服ぬらしちゃって。どうしよう、ごめんなさい」

「うん、大丈夫だよ。もう話せる?」

「はい」

 廊下の窓からの陽の光がオレンジ色だった。彼女の手もそんな風にあたたかそうな色をしてた。

「さあ梓、この部屋だよ」

 この頃の部屋の本棚はまだ2台だけだった。

 私は彼女に向き直って言う。


「わたしは未来から来たあなたの孫です」

「そっか」


 やっぱり彼女はすんなり受け入れて、ゆっくり私の話を聞いてくれた。

 自分のこと。

 家族のこと。

 親友のこと。

 この本の部屋のこと。

 みかえつばきのこと。

 そして……。


「私は川で溺れる梓を助けて命を落とす」

「えっ」

「ありがとう、ちゃんと話してくれて」

「どうして……」

「私は、今23歳。デビューが決まったばかりの作家のタマゴ。梓が話してくれたように、これから児童書なんかの作品をいっぱい書いて有名になる」

「うん、そうなの」

「自分の未来が決まっちゃってるのは少し寂しい気がするけど、きっと愛する人と結婚して、子どもを授かって、作家としても成功して、孫にも会える」

「そう」

 こうやって何もかもすべて理解してる彼女がどういう訳なのか、私の想像では少しも追い付けそうになかった。だけど教えてほしいことがいっぱいあって来た私を、彼女は知っているからこそ、こんなにも清々しいくらいにおおらかでいられるのかな。

「そして私の作品の中でも大切なものがいくつかある」

「そうです」

「その中でも、樹の守り神たちはとても重要なのに盗まれてしまう」

「なぜそんな……」

「あの本をあなたに残したのはなぜなのか。そしてあなたはあの物語の結末を教えてもらうために私に会いに来た」

「教えてほしいの」

「なぜ命がけで自分を助けたのかも」

「そう!!なぜ?!」

「それはね、梓」

「うん」

 そうだった、たしかに。

 今思えば……。

 なぜ。


なつめが、そう教えてくれたの」


 なぜもっと早く気が付かなかったんだろう。

 そしたら棗ちゃんの声がした。

「梓ちゃん、なんでここにいるの?」

「梓ちゃん、どうやってここにきたの?」

 あの場所は、たぶん龍宮塔りゅうぐうとうだった。

 なぜなのか私は、あそこに迷い込んだ。

「そっか、そうだよね」

 私の手の守護神を見てた。

「もう少し長く一緒にいたかった、でも止められなかった」

 私の行動がそうさせたんだ。

「あなたを守る存在でいたかった、どうにか変えたかった」

 棗ちゃんは知ってた。

「約束を守りたかったの」

 そう。

「やり遂げたかったの」

 そうだったんだね。

「梓ちゃんなら大丈夫、ちゃんとたどり着いてね」

 もうすぐそこまで来たよ。


「棗は、私の妹なの」


 胸が爆発しそうにふくらんで苦しくて、両手で服の胸元をつかんだ。

 私と棗ちゃんの記憶が渦巻いて、私の中の彼女があふれ出してこぼれた。

「地獄に落ちたかと思ったら天国だったでしょ」

 うん。

「私たち姉妹みたいじゃん」

 血がつながってるんだもん。

「梓ちゃんがお姉ちゃんでしょー」

 棗ちゃんは妹だもんね。

「正解、マイユアフューチャーでした」

 私の未来はあなた。

 そう言いたかったんだね。


「もう一度、棗ちゃんに会いたい」

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