樹の守り神たち(1)

 エリスは勢いよく駆け出す。

 エリスが選んだのはマコトだった。

 ふたりはある約束をしていた。

 エリスの父、ジィオスの暴走を止める約束を。


 過去旅パストリップは、地球が残した遺産の美しさを宝物としてその瞳に残す旅。

 過去への時空を船で旅することが可能になった【ULASHIMAウラシマ】のパステクノロジーは、世界で唯一の技術として追随ついずいを許すことは、後にも先にも存在しない。

 その娯楽ごらくはごく一部の富裕層ふゆうそうを中心に、裕福な人間のステータスとして深く浸透しんとうし、長い間にわたり文化的地位を確立していた。

 パステクノロジーの発展は娯楽だけにとどまらず、過去の歴史的知見を根本からくつがえすような新たな発見や、大昔は絵画でしか表されなかった偉人たちの姿なども実際に見ることができるなど、過去を知って未来を豊かにするをコンセプトとしたウラシマのブランドをより強固なものにしたのだとういう。

 しかし人間という生き物が、純粋で正当な文化的娯楽で満足し続ける生き物でないことは、もしかすると誰にでも予想できたことなのかも知れない。

 キリストの誕生を目撃せよ。

 スフィンクスの本当の姿。

 邪馬台国の卑弥呼に会える。

 真のモナリザの軌跡。

 地球の遺産や宝とされたこれらも決して長く親しまれ続けることはなく、人々は次第にフランス革命や第二次世界大戦といった人々の争いをエンターテインメントとしてとらえるようになり、その人間同士の戦いを目に歓喜かんきするようにさえなってしまっていた。

 しかし、そのような行為をモラルに反するといった動きも世界中でみられるようになった頃、ウラシマの最高経営責任者であるジィオス・ミナトウナバラは世界に向けてこう言い放った。

「私をめる前に、自分たちの祖先をじよ」

 そして世界中の権力者たちによって、そのモラルは消滅してしまうこととなる。


「これはお客様からのご要望だ」

「しかしジィオス様、過去を変えられる方法など存在はしないのです」

「ならば創ればよい」

「創れと?!人々の争いや天変地異てんぺんちいをですか?!」


 ウラシマが提供するツアー商品は急激にエスカレートし続け、ついには存在すらしない出来事を歴史的大発見だとまでうたい始めるようになる。


「お父様、なぜそのようなことまでする必要があるのですか!!」

「お客様のためだ」

「お客様のためなら、お父様は人殺しもいとわないと申されるつもりなの!!」

「エリス、なにも私が手を下すわけではないだろう?行動するのは人々であり、天災は地球の進化の過程ではないかなあ」

詭弁きべんだ!!お父様は私腹しふくやすことでしか物事を正当化できないのです!!」

「だとしてもこの世で醜いのは私だけではないのだぞ、エリスや。たとえ私がこの地位を退しりぞいたとしても、たとえモラルに反する金儲けから手を引いたとしても、また誰かが私に代わって私腹を肥やすのだ。人類はそうやって何千年も同じ事を繰り返してきたのだろう」

「お父様は何もお解かりでないのです!!自分たちの祖先が多く命を失うことが、その後世となる私たち子孫が存在しない歴史となるのかも知れないのです!!」

 エリスは必死に父を説得したのだとういう。

 そして父は言った。

「心配するな、お前の前世は日本人の女で、未来を知って命を落とすことはないよう仕向けておる。ULASHIMAの算出だ、間違いない」

「そんな貧しい議論をするつもりはない!!」

「ではエリス、お前はどうすると言うのだ」

「私はこの蒼い龍宮塔を沈没させる、必ず」

「やれるものなら、私はそれで構わない」


 緊急脱出ルートの狭い通路でマコトは、これがすべて私から聞いた話だと笑いながら言った。

 そして、あれから姿を消したエリスがひょっこり戻ってきたことに、自分はまだ驚いているんだと言ってから

「でもエリスが思うままに行動することを僕は望んでいるんだ。今も、そしてこの先もだよ」

と嬉しそうに、マコトは脱出口のハッチを開いた。

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