ジャンプ!(1)

『今年1月の通常国会にて賛成多数で可決成立した、自然災害対策法案と宇宙開発改正案について政府与党は、日本を取り巻く安全保障の環境が激変しているとして、政策上の観点から法案の必要性を長年うったえ続けた成果がむくわれた、とコメントを発表した。一方の主要野党からは、自衛隊の宇宙派兵につながり憲法に違反するなどと、与野党の主張が真っ向から対立する形となっている。これについて……』


「そっかあ、自衛隊に入れば宇宙に行けるかも知れないんだな……」

 ウチのパパは、また朝からくだらないことをつぶやいている。そんな動機で自衛隊を目指す若者が、この世の中にいるのかなって思う。教科書なんかには、昔の自衛隊は“災害派遣”や“国際救援活動”が中心だったとあった。今はクラスの男子たちの『エリートでなけりゃ大手民間企業は無理で、自衛隊になら……』って会話も耳にする。もしも私が大人になって、白馬の王子様が『宇宙へ旅立つ』なんて言ったら絶対イヤ。


 もっとも、そんなことなんて今の私からすればどこ吹く風だわ。昨日の出来事に比べたら……。

『その現象はシンクロニシティだと、ツバキは言っていた』

「なにそれ?」

『そうだな……君のスニーカーの靴紐くつひもが切れた、そしたら不幸があった』

「なんか不吉だね」

『これに因果関係いんがかんけいが?』

「あるでしょ」

『だとしたらそれは、それが起こる事で意味を成している』

「少し理解」

『ならばもう少し。例えば君の前世の前の前の前のずっと前の前世と、君の親友の前世のずっと前の前世が同一人物だったら、今君たちが共鳴するのは必然だと思うか?』

「うん!思う!」

『それもシンクロニシティのたぐいだそうだ』

「わりと理解」

『古来より占いという術はそのあたりが関係しているという説や、UFOとの遭遇そうぐうなんかは、生物学的な引き寄せ合いだとも言われたり、その解釈かいしゃくは様々だとツバキは語っていた』

「おばあちゃん、すごいなぁ」

『その通りだ』

「ところでアレなんですけど」

『どうかしたのかな』

「まだ理解し切れてない私ってにぶいの?」

『鈍いのか?』

「いや知らんがな」

『何かスッキリしないということか?』

「う、うんそうだけど……パスポートとチケットがあるからって、本物じゃないんだから空港の国際線から旅立てるワケじゃないんでしょ?」

『当たり前だろう』

「じゃあ、どこに行ける権利があるわけ?」

『そんなことまで言わなくてはならないとは……』

「悪かったなー」

『君に、巻き戻し機能はないのか?』

「人を“動画再生機能”みたいに言わないでよ」

『私を喋らせる前、君は立派に自分の目的を述べていたではないか』

「私は……樹の守り神たちという本を探している」

『パスポートやチケットがあっても、地図がないだろう』

「地図?」

『それは君のすべき事を示し教え導く、地図だ』

「あの本が私のすべき事を?そんな、どうやって……。まず地図がどこにあるのか分からないんじゃ、そもそも宝の地図がいるじゃん」

『そのために私が存在している』

「ウソくせー」

『信じるか信じないかは』

「はいはい、分かったよ。んで?どうすればいいわけ?」

『私を手に持つんだ』

「イヤ」

『……』

「わかったよ、はいはい」

 私は、いつも本棚の隅にブックエンドとして挟まれている守護神像を手に持ってアイテムの場所へ戻る。

『そうしたら、ゴリラの雄叫おたけびびだ』

「はぁ?!」

『先ほど、そう指摘されていたぞ』

「ママに?」

『そうだろう』

「それ、本当に必要なの?」

『当たり前だろう』

「もうっ、ヤダなぁ……」

 私は、かなり横暴おうぼうなこの守護神に開き直る覚悟を決めた。

「ウラウラウラウラー!!」

『それはターザンだろう』

 その場が少し沈黙ちんもくした。

 バンッ!!

「もう、梓ちゃん!!近所に聞こえたら恥ずかしいでしょ?!御神本さんの梓ちゃん、大丈夫かしらって心配されるわよ」

「う、うん。ごめんごめん、えへへ」

 部屋に飛びって来たママは、私が素直に謝ると唇をとがらせて部屋を出て行った。

「もう、叱られたじゃん」

『そうしたら、そのまま後ろにジャンプだ』

「なんじゃそりゃ」

『ジャンプだ』

「あいよ」

 私は守護神像を両手で胸に抱えて、ピョンと少し後ろに跳ねた。

 またその場が沈黙した。

「って、なに?」

 バンッ!!

「もう、梓ちゃん!!近所に聞こえたら恥ずかしいでしょ?!御神本さんの梓ちゃん、大丈夫かしらって心配されるわよ」

「えっ?!あっ、ああ!!ごめんごめん、へへへ……」

 するとママはさっきと同じように、唇をとがらせて部屋を出て行った。

「ちょ、ヤバイよこれなに?」

『エルクァフゾ』

「えるかふぞ?」

『巻き戻せたかな』

「ウソでしょ……やめてよ」

『エルクァフゾしかない、目的を果たす方法はな』

「イヤだよ、怖いもん」

『そうだろうな』

「そうだよ……でもさ」

『どうかしたのかな』

「地図はここにはないんだよね」

『そうだ』

「過去には?」

『あった』

「どのくらいいくの?」

『その前に』

「ん?」

『そんな小さなジャンプではダメだ』

 私はやっぱり好きになれないと思う。

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