謎解きと謎掛け(5)

 坂の上の北から吹く風は冷たくて、あふれた涙を凍らせてしまいそうに痛く頬を打った。

 私の様子に気が付いた彼女が驚いて、私の方へ駆け寄って来る。ニコリとしてた表情は一変してビックリになった。

 心配させちゃうから、早く泣き止まなきゃって涙を止めようとすればするほど止まらなくなっちゃって、呼吸まで荒くなって嗚咽おえつみたいに抑えられなくなった。

 れ出た息は声にならずに、冷たい空気中に白いもやを何個も何個も作ってた。

 私の顔は間違いなくグシャグシャになってると思う。


「やだ、ちょっと梓ちゃん、どうしたの?!大丈夫?!なんかあったの?!どっか痛い?」

 棗ちゃんのあったかい手が私のほっぺたを包んで、凍りそうだった涙をぬぐった。

「なに、なに、どうした?梓ちゃん?しゃべれる?」

 優しくふわりと抱き寄せて、私の背中をポンポンしてる。これが安心だったり情けなかったり、まぜこぜになって胸の中でグルグルした。

「ごめん、棗ちゃん、大丈夫、もう大丈夫」

「本当に?大丈夫なの?なんで、どうしたの?」

 少しずつ説明できるようになった私の言葉を、棗ちゃんは黙って聞いてた。

 自分の気持ちを言葉にする時、相手に伝えてるはずなのに、なぜか『そうだったんだな』って、実は言った自分があとから気が付くことが、私はたまにある。

 自分の頭では自覚してたはずの、自分の中の棗ちゃんの存在の大きさが自覚の何倍も何倍も大きくなってて、今はもうこんなことで涙が止まらなくなるくらい大きいことに『そうだったんだな』って、言った自分に気付かされちゃった。


 その日はずっとそのことばかり考えてて、でもやっぱりちゃんと私の伝えきれてない部分も彼女には知ってほしかった。

「ごめんね、棗ちゃん。私いっつも棗ちゃんに頼って助けてもらうばっかりで、申し訳ないよ。本当は棗ちゃんに必要とされるような、頼りにされるような存在になりたいのに、全然ダメだよ」

「そかな」

「だって親友ってそういうもんでしょ?面倒ばかり掛ける親友なんて、お荷物でしかないじゃんね」

「そっか……」

「え?」

「梓ちゃんは、もろはのつるぎ、だもんね」

「ん?なに?」

「私はね、梓ちゃん。私と梓ちゃんの出席番号がお隣で下の名前が共通してたから仲良くなったわけじゃないと思ってるんだあ」

「うん、だと思う」

「それに一緒にいて何かメリットがあるから親友でいられるくらい仲良くなるのも無理だと思う」

「そう、かも」

「梓ちゃんだって、私のことを好きでいてくれる理由はきっとそんな単純な損得とかじゃないって思うから、私も梓ちゃんを好きな理由はそんな単純じゃないの」

「うん、嬉しい。棗ちゃんは私にないものがいっぱいあって、あこがれ。太陽に憧れる向日葵ひまわりってかんじ」

「それはめ過ぎだよ。私はね、世渡よわたり上手なだけ。私が本当に憧れるのは、梓ちゃんみたいな真っ直ぐな純粋さだよ」

「そんな、バカなだけだよ……私なんて」

「そかな、私にはない純粋さだよ。でもそれゆえに……もろはのつるぎってね、武士の刀で刃が両側にあって優れているけど自分を傷付けることもあるって意味なの。純真であるがゆえに自分も無防備ってかんじ」

「その通りだね」

「でも、そんなあなたが大切だし、ずっと見ていたいし、ほっとけなくて守りたいし、かれる」

「そんな風に思われて……嬉しい。けどもっと強くなりたいよ私」

「うん。そうなるよ、梓ちゃんはきっと今よりもずっと」

 そして私たちが訪れた場所は、真っ二つに切り分けた野菜の断面みたいな地面が切り立った断崖絶壁だんがいぜっぺきみたいな場所だった。

「なにこれ、すごい所……」

「ほんとだね、割れた地面が上下にズレたみたい……」

「やあ、来たかな」

「はい、私たち見学に来ました」

「ようこそ、三賀山遺跡へ」


 私たちはついに、来るべき場所にたどり着いたように思えた。

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