謎解きと謎掛け(3)

 村人の名は、掘瀬ほるせといった。

 生真面目きまじめで正しい事しかできない掘瀬だったが、村の誰からも信頼される清い心の持ち主だった。

 掘瀬はある日、家に訪ねてきたキツネの顔をした女から、ある頼み事をされる。もっぱら人助けは断れない掘瀬だから、一つ返事で請負うけおった。ところがまたある日、今度はタヌキの顔をした男が家を訪ねて来て掘瀬に頼み込んだのが、キツネ顔の女の頼み事とは真反対まはんたいの頼み事となれば、話は別だった。

 とうとう困り果てた掘瀬は、町の学者でそれは謎解きが得意な男に相談する。その学者はこう言った「そのどちらかはウソで、どちらかはマコトだから、マコトを助けるのが正しい」と――。

 そんな内容が心のどっかに挟まってた。


 昼休み、運搬用の台車の車輪がコトコトと一定のリズムを刻んで、運ばれる食器類なんかはその振動でカチャカチャと同じリズムを鳴らす。うちのクラスは給食室から一番遠いから、給食当番の昼休みが少し短い。

 そんな小さな不満は、きっと棗ちゃんの中には元からないんだろうから、台車を押しながらリズムに合わせて鼻歌を合わせていても不思議じゃない。

「それリサコの歌、なんだっけ?」

「梓ちゃん、せいかーい!ユアマイフューチャーでした!」

 私にとって彼女は太陽みたいな人、明るくてあったかい……そんな歌詞の曲。

「いつも棗ちゃんと一緒だといいのにな」

「私たちいつも一緒だよねー」

「そうなんだけどね……」

 私は棗ちゃんに、昨日読んだ村人掘瀬の物語を途中まで話したところで、自分に今起きてることがワケわかんなくて怖い……だけど心のどっかでは、正解のある“謎掛け”みたいでモヤモヤする気持ちを正直に打ち明けた。


 真剣そうな彼女の瞳は真直まっすぐに私を見て、二度ほどうなずいてから笑って細めた猫の目で、嬉しそうにこう言った。

「梓ちゃんがそう思うなら、きっとそれはかなきゃならない謎なんだと私は思う。面倒で難しい事や、嫌な事から逃げずに向き合おうと思うのなら、私も一緒に行きたい」

 嬉しそうだけど何となく不安げな表情で、けれど私を見る目はグッと熱く決心したみたいに感じた。

 もしかしたら、棗ちゃんも私と同じ気持ちだったのかも知れない。理解できない怪奇現象に不安だったのかも知れない。どうにかしたい気持ちをどうにも出来ずに、不安定な私の事も気遣いながらも私が決心する時を待っていたのかも知れない。そう思ったら心が晴れた。

「ありがとう、棗ちゃん」

「うん、準備はしてあったんだ」

「へ?」


 私の昼休みはこの日、休憩というひと時みたいな時間は、結局なくなる運命だったんだって後から知った。

「ここが核だって知ってるかな……」

 球体が半分に輪切りされた模型を、何の前触まえぶれもなく説明されている私たち。その模型が地球だってことくらいは見ればわかるけど、棗ちゃんの言っていた事と何の関係があるのかは不明……。

志摩しまちゃん、核の温度はどのくらいあるの?」

「地球の地下6400キロにある核はね、だいたい6000℃くらいかな」

 教育実習生の志摩くるみ先生は、いつの間にかすっかり棗ちゃんと友達みたいになってた。

 難しそうな話には入り込むスキのないこの場でも、私だってお喋りしたい。

「志摩先生って、教育学部なんですよね?」

「教育学部ではないんだけど、一応単位取得にはこの実習が合ってるかもーって思ってるかな」

「でも地質学とか今でも勉強してるって、棗ちゃんが……」

「あはは、バレちゃったかなぁ。実は、日本でもこっちの方は古くて深い地層が数多くあって、教育実習のついでに~みたいな」

「志摩ちゃん、それは実習がついでなんじゃない?」

「ミカドちゃんは鋭いなー」

 いやっ!!誰でもそう思う!!

「ミカモっちゃんは読書少女だしねー」

「い、いや……、そんなレベルでもないんですけど……」ミカモっちゃんってカワイイ!

「でね、地球の内部は表面と核の間の“マントル”って部分で物質をどんどん動かし続けて、マグマになった熱を地面に放出してるんだよね。わかるかな?」

「わかりますけど、それが?」

「そのことが、地球の長い長い歴史の中のわずかなしるしとして表れてる場所があるって言えばいいかな」

「それって、どこですか?」

三賀山みがやま遺跡って知ってるかな?」


 私の心に波風を感じた瞬間だった。

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