第20話 ※ルーカス視点


結局、買えたのは花束一つ。

それも、色とりどりで派手な花束ではなく寒色で揃えた小ぶりな花束だ。


「.......」


花束を片手にウィスダム家の門の前に立つ。

見舞いなどという慣れないことをしているせいか、妙に緊張して暫くの間入ることを躊躇った。


「入らないんですか?警備の方も気まずそうにしてますよ。扉を叩けば直ぐに歓迎して出迎えてくれるでしょうに」


横からハイドが不思議そうな声で聞いてくるが、両サイドから感じる"何故殿下はここで立ち止まっているのだろう"という視線はひしひしと感じているし、そんなことは分かっている。

入り辛いなどと言えるわけもなく、誤魔化すようにため息を一つ吐いて門を潜った。


扉を叩き、誰かが扉を開くのを待つ。

暫くしてアストレンが扉を開けて俺達を出迎えた。


「こんにちは、ルーカス。今日は妹のためにありがとう。一応もてなす準備は出来ているけど、先にシアの所に行くかな?」


「ああ、頼む」


ウィスダム家に話を通したわけではない突然の訪問だが、ジキルがアストレンに趣旨を伝えていたようで、そのまま俺とジキルはシトレイシアの部屋の前に案内された。


「一昨日戻ってからずっと体調が悪いと言って出てきてくれなくてね....ご飯は受け取ってくれるけど、それ以上は会話も必要最低限だけなんだ」


「そうか....病欠とは聞いてジキルを連れて来たがまずは会話から試みなければならないんだな」


「僕は隣の部屋にいるから、進展があったら呼んでくれるかな、....すまないね、婚約者とはいえ王族にこんなことを頼むなんて。ルーカスの顔を見たらきっと、少しはシアの気分も良くなると思うんだけど....」


「いや、構わない。シトレイシアの行動には一部俺にも責任があるんだ、気にするな」


アストレンはそう言うとぱたりと隣部屋に入り、俺とジキルがシトレイシアの部屋の扉の前、つまりは廊下に残された。

他の護衛らは門の前に置いてきたが、いっそジキルも置いてきたほうが良かったのかもしれない。

従者としてここ数ヵ月俺の護衛をしていたジキルと顔を会わせたことはあっても、友人のような関係を築いているわけではなかったし、寧ろルクソルとして振る舞っている際は何処か避けていた節もあった。

だが、護衛を一人も付けずに動き回る王族などいないし、魔術や剣術の腕に自信があろうと何が起きるかわからない。

万が一のことを考えれば必要なことだ。


「シトレイシア、いるか?ルーカスだ」


扉をノックして声をかけると、扉の向こう側に何かが動く気配を感じた。


「あの日、あの後、何があったのか教えてくれないか」


返事はない。

何度も声を掛けて粘ってはみるものの、もはや動く気配すら感じない。

普段なら沈んでいるときに名前を呼んだだけでも花が咲くような笑みを浮かべて元気を取り戻す単純な奴だったというのに、今は返事をする余裕もない程体調が悪いのだろうか。


魔術で強行突破するか?

否、相手は攻撃魔術に慣れた婚約者といえどまだ若い淑女だ。

未婚というわけでもないが、怯えさせるような手荒な真似はしないほうがいい。


「ジキル、何か良い案は無いか」


「私が案を出すのは無粋では?」


「これは無粋云々の話じゃないだろ....」


見舞いという口実で急に押し掛けたのは認めよう。

大抵の女は、........と、考えたところで思考を止めた。

俺が見まいに来れば、必ず歓迎してもらえると思っていたようで気恥ずかしい。

見誤ったと言うべきか、俺が考え無しだったと言うべきか。

これは完全に後者だろう。


俺は他人のことになるとどうにも頭が回らないようだ。


このままどうやって扉を開こうか悶々と考え込んでいた矢先、後ろから声を掛けられた。


「殿下、それじゃお嬢は出てこないよ」


明るいが高過ぎない、心地の良い低音はジキルの声ではない。

もっと、近くで普段から聞き慣れた声だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る