第12話 他愛ない戯れ
《ルビを入力…》 【監視対象】
・名前 ジャック・D・ヴァルート
・年齢 17
・性別 女性
・種族 ダンピール
【概要】
組織に対する違反行為が多々検出されたため、シュリエルの半暦より監視を付けるものとする。監視は入浴時、排泄時、睡眠時を除き四六時中行う。常時、行動を共にすること。尚、これらを履行しない場合、双方に処罰を下す。
◇◇◇
これは後日、ボスから渡された資料の内容だ。これも任務の一環。遂行しなければ、相応の罰。おそらく組織の追放か、最悪処刑だ。柊としてはむしろ追放された方が好都合なのだが、ボスはそれを知っているため、後者の方が可能性は高いだろう。
(しかもあいつ、17歳って。俺が今年で18だから……一つしか変わらないじゃないか。年齢の割に思考が幼稚すぎるだろ)
昨日の一件で、ジャックの問題児ぶりは嫌という程理解した。やはり柊の判断は間違いではないらしく、常日頃共に行動をしなくてはいけない。とてもついていける気がしなかった。
ちなみに『シュリエルの
書物によると、シュリエルの暦が3〜5月、ファマエルの暦が6〜8月、ハーリエルの暦が9〜11月、レクシエルの暦が12〜2月くらいなのだと分かった。あくまで憶測なので、若干の齟齬があるかもしれないが、大体の感覚は合っているだろう。
『半暦』というのは、月でいう中旬のようなもので、上旬、下旬に当たるものは『前暦』、『後暦』というらしい。日本のように、○月○日と正確な日時が決められている訳では無いため、時間の感覚が掴みづらくはある。
「暦の名称はそれぞれ『神の手指』と呼ばれる大天使の名を借りたもの。人類に恩恵を与える神とその使者への忠誠。暦の名称はその象徴の一つである。……か。少しずつだが、だんだん理解してきた」
「なあ、いつまで紙と睨めっこしてるんだ?当方は飽きてきたぞ」
柊とジャックは、アジト内にある書庫に居た。柊は転生して日も浅い。そのため、世界の構造を理解しようと書物を読み漁っていた。ジャックは活字に弱いらしく、柊の様子を眺めては、退屈そうに欠伸をしている。
「そんなん面白くないだろ。さっさと切り上げて飯食いたい。当方は腹が減っているー!」
「面白い、面白くないの話じゃないんだ。俺にとって、ここは不確定要素が多すぎる。だから情報収集をだな……」
「お前のせいでこっちは自由に行動出来ないんだよ!あと、それって暦がどうたらって本じゃん。んなものにうちの組織の情報は載ってないからな」
柊が言う『ここ』とは組織も含めたこの世界全体のことを指しているのだが。それよりも、少し驚いたことが。
「ジャック。お前文字読めたんだな」
「あ?何?殺されてぇのお前」
ジャックは柊の肩に掴みかかろうとする。柊はジャックの手を掴んで必死に押し返そうとした。
「くっそ馬鹿力め……」
「ハハッ、どうしたんだよ。男のくせに弱っちぃなお前は」
カチン、と頭にきたが、ここで飛びかかっては相手の思う壷だ。何よりジャックと同じような行動を取りたくない。しかしこのままでは取っ組み合いの喧嘩にまで発展しそうな勢いである。出来るだけ書庫を荒らしたくない。もし本棚が倒れでもしたら、自分もジャックもその下敷きで即ゲームオーバー。またあの療養生活に戻るのはゴメンだ。
「随分と仲良しになられましたね」
久しぶりに聞く声に、思わずびくっとなった。背後には、アッシュグレーの髪に、メイド服を着た女性が一人。ジャックも驚いたようで、手がすっと離れる。
「驚かせんじゃねぇ幽霊メイド。ドアはちゃんとノックしろ!」
「それお前が言えることじゃないから……」
「ヴァルート様、私一応生者でございます。決して幽霊などではなく」
「んなのどっちでもいいよ。当方は心底興味無い!」
「ああ、そうですか……」
「久しぶりだな、クロエ。元気そうで良かった」
クロエは柊に目を向けると、優雅にお辞儀をした。
「ナトリ様もご健在で何よりです。まあ、重労働につき全然元気ではないんですがね」
その割には疲れが顔に出ていないように思える。元々仏頂面なので、表情に出ないだけかもしれないが。
「つかなんで来たんだよお前。飯当番サボりに来たのか?」
「私がここに来てはいけないのですか?」
「いや別に。でも当方的に飯が食べれないのは困る」
ジャックの腹が鳴る。笑いそうになるのを必死で堪えるが、吹き出してしまわないだろうか。
「私は貴方がたを迎えに来たのです。先程からずっとここにいらっしゃいますけど、良いのですか?そろそろ食堂閉めますよ」
「え、部屋に持ってきてくれるんじゃないのか?」
「ナトリ様の場合、療養中との事でしたので、特別にお部屋へお持ちしましたが、基本的には食堂でお食事を取ってもらいます」
どうやら自分は甘えすぎていたようだ、と反省。ずっと優遇されてきたため、それが当たり前だと思ってしまいがちになる。贅沢に慣れるのは怖いものだ。
「監視、お前知らないこと多すぎだろ!当方よりアホなんじゃないのか?」
「それは絶対無い!クロエ、悪いけどまだ閉めないでもらっていいか?今行くからさ」
「承知致しました。では、食堂へ案内致します」
普通ならありえないが、メイドがいる生活というのに若干馴染みつつある。それに、近頃は比較的穏やかだ。つい気が緩んでしまいそうになって、怖い。
(コイツら全員殺人鬼だもんな。そう思わせてるのか知らんが、信用してしまいそうになる。油断しないよう、常に細心の注意を払っていなくちゃ……)
食堂にはテーブルや椅子がこれでもかと並べられているものの、その場にいるのはジャックと柊のみ。他の構成員はおらず、がらんとしていた。皆夕食を食べ終わってしまったのだろう。
「本日の夕食は、白身魚のムニエル、クルミとアボカドのチョップドサラダ、トマトスープにバゲットで御座います」
レストランで見るような、なんともおしゃれなメニューに涎が出そうだ。相変わらず、環境だけは最高級である。
「おい、ちょっと量少なくないかー?こんなんじゃ足りないぞ」
「デザートにパンナコッタをご用意しますので、食べ終わりましたら再度お声がけ下さい」
なんと、デザートまでついているとは。さすがに待遇が良すぎて、逆に怖い。毒でも入ってるんじゃないかと勘ぐってしまう。
「おい、お前食べないのか?食べないなら当方が貰う」
ジャックがこちらの皿をじーと見つめている。放っておいたら、本当に全部食べられかねない。
「……いただきます」
まずはムニエルを一口。口に運んだ瞬間ほろっと崩れる身と、バジルソースが香って絶妙な旨さだ。バゲットに載せても美味しい。これを食べ始めてから、自分が空腹だったことに気づく。
「美味い。悔しいけど、俺にもこんなのは作れないな」
隣でがっつくジャックを横目に、一つ疑問が浮かんでくる。
(このクオリティのものを、毎日一人で作っているのか?見たところメイドはあいつ一人。それに屋敷の清掃とかもあるだろうし……)
「ふぁんひ、ほほふーふほおへ!(監視、そのスープ寄越せ!)」
「あ、お前こら!勝手に人のものを取るな!」
ジャックは柊のトマトスープを横取りし、一気に飲み干す。柊は空になった皿を見て落胆した。
「俺、まだ一口しか飲んでないのに……」
「はー!取られる方が悪いんだよ馬鹿」
(つくづく思うが、こいつは本当に17歳なのだろうか)
柊は大きな溜息をついた。しばらくは任務もないため、書庫で情報収集をする日々になるだろう。その間、ジャックは大きな障害だ。
(まあ、クロエの件については今度それとなく聞いてみるか。コイツのことも……)
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