第41話 一緒にいるために





 透真のスキャンダルは、すぐに世間に広まった。

 そうなるのも無理はない。

 御手洗家だけの問題であれば握り潰せたが、ライバル企業にリークされた情報なのだ。

 最初は小さな煙だったものが、あっという間に大火事になってしまった。


 テレビのワイドショーでは、連日このスキャンダルについて触れ、彼と一度も会ったことのないようなレベルの芸能人が訳知り顔でコメントをしている。

 妹の件もバレてしまい、そういった下世話な話が好きな人には格好の標的になっていた。


 公になってから、御手洗家と栫井家はおろか、透真自身がコメントを出さないせいで、余計に拍車がかかっている。



 俺はテレビの騒ぎを、彼個人で所有している別荘の一つで見ていた。


 何もせずに、ただ見ているわけではない。

 視線はテレビとパソコンの画面の両方を見ながら、キーボードを高速で叩いていく。

 情報収集をしながら、準備を進めているのだ。


 ここに彼はいない。

 置いていかれたわけではなくて、それぞれでやるべきことをやっている。

 時間は有限なのだから、止まっている暇はない。


「世論の反応は半々か」


 今の世の中は、同性感の恋愛に寛容になってきている。

 特に若い世代の方が、受け入れやすい傾向だとテレビを見ていて感じた。


「人に流されているだけで、内心では賛成もいるし、そもそも興味が無いのもいるだろうな」


 そもそも人の恋愛ごとに、首を突っ込みすぎる。

 同性での恋愛は罪ではない。

 まるで浮気や不倫と同じレベルにされても、納得がいかない。


 彼の立場がもう少し違っていたら、また違う反応があったのかもしれないが、無い物ねだりは止めておこう。

 このまま受け入れられない方向に持っていかれる前に、早く手を打たなくては。


「透真の方も大丈夫だろうか……」


 信じてはいるけど、それでも不安が全く無いわけではない。

 むしろこれから先のことが決まるので、後戻りの出来ない恐怖はあった。


 しかし彼と共にいると決めたのだ。

 地獄にだって行く覚悟だから、突き進むだけである。



 今考えている計画が成功する確率は、限りなく低い。

 それでも2人で相談して、これしかないという結論になった。

 もし失敗しても、透真と一緒にいられるのなら、物語はハッピーエンドだ。


「……こんな感じでいいか。明日までには何とかなるだろう」


 作業が一段落して、俺は大きく伸びをした。

 背中がバキバキと音が鳴り、同じ体勢だった体が楽になった。


「後は、透真の方も上手くいっていれば大丈夫か」


 俺のやるべきことは終わり、大丈夫なのを何度も確認する。

 滞りなく出来ているようなので、俺はテレビの方だけに視線を向けた。


『……だからですね。自らの立場というものを理解していないんですよ。これからの日本を担うべき人材だっただけに、非常に残念です』


 コメンテーターが訳知り顔で彼について話をしているのを、冷めた気持ちで眺めた。





 朝だ。

 目を覚ました俺は、ベッドから起き上がった。

 隣には彼がまだ眠っていて、眉間のしわが無い分、幼く見える。

 こんな無防備な姿を見せてもらえるようになってずいぶん経つが、未だに胸がときめいてしまう。


 顔が良いのも考えものである。


「……もう朝か」


「起こしてしまいましたか? まだ早いので、寝ていてもいいですよ」


「……いや、起きる」


 そっと髪に触れたから起こしてしまったようで、彼の目が薄っすらと開く。

 まだ外も薄暗いから、もう少し寝ていても構わないと伝えたのに、少しの間の後ゆっくりと起き上がった。


 大きなあくびをして、そして手を伸ばしてくる。


「本当にいいのか? 始めたら、もう後戻りは出来ないぞ」


 さらりと髪を撫でられ、視線を合わせ最後の確認をされた。

 今更、何を言っているのだろうか。

 そんなことを言われる意味が分からず、俺は首を傾げる。


「いいに決まっているじゃないですか。俺は、どこまでもあなたについていくんですから」


「そうか」


 嬉しそうな顔をしてくるから、俺までむず痒い気持ちになる。

 まるで付き合いたてのカップルみたいに、顔を赤くさせて照れている俺達は、これから起こることを感じさせない。


 これが最後の幸せの時間なのかもしれない。

 噛みしめるように、しばらくベッドの上でたわむれ続けた。





 部屋の中にセッティングした機材。

 全ての動作が正常に行われるのを確認すると、俺は隣にいる彼を見る。


「どうだ?」


「男前ですね。誰もが認めるぐらいです」


「真は認めてくれるか?」


「当たり前じゃないですか。俺以上に認めている人はいませんよ」


「それならいい」


 俺の評価だけで良いと言うのだから、随分と甘くなったものだ。

 彼のネクタイが少し曲がっているのに気づいて、首元に手を伸ばす。


「少し直しますね」


「ありがとう。……こういうのは、まるで夫婦みたいだな」


「……そうですね。それなら新婚らしく、キスでもしましょうか?」


 ネクタイを直しているとからかってきたので、俺は手を引っ張って顔を近づける。


「終わったら、たっぷりとな」


 唇じゃなく、鼻の頭にキスを落とされた。

 この人には全く勝てない。


「お、お願いします」


 翻弄されて負けた気分を味わいながら、俺は今度こそきちんとネクタイを直した。


「さあ、始めましょうか」




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