第11話 妹の今後について




 妹が透真様と結婚出来ないのかもしれない。

 それを知ってから、俺の胸の中にもやもやとしたものが占めていた。

 2人の幸せな姿を見ることを楽しみにしていたのに、俺のせいでそれが駄目になってしまった。


 悔やんでも悔やみきれず、そのことばかりを考えてしまう。

 そしてそのせいで、いつもだったら絶対にありえないようなミスを犯した。


「何をやったのか分かっているのか。なあ」


「申し訳ありません」


「形だけの謝罪はいらない。どうするかを言え」


 それはささいなミスだった。

 他の人がすれば見逃されるぐらいのささいなことだったけど、透真様が見逃してくれるわけが無かった。


 チクチクと姑のように、呼び出してから俺を責め立ててくる。

 そこまで言われる必要はないと思うが、ミスをしたのは確かなので反論は出来ない。


「即急に対応して、ただいま調整しております。すぐに何とかなるでしょう」


「そもそもこんなミスを犯したことがおかしいんだ。完璧じゃなきゃ、お前を傍に置いている意味が無いだろ」


「申し訳ありません」


 確かに俺の仕事は、一切のミスも許されない。

 あまり支障がなかったからといって、俺が悪くないとは限らない。


 自分でしでかしたミスなのに、自分に甘く考えすぎた。


「何を考えていた? 何をくだらないことを考えて、こんなくだらないミスをしたんだ。俺は優しいから聞いてやるよ」


 何を言ったところで許してもらえなさそうだが、話をするしかない。


「透真様、透真様は妹と結婚してくれるんですか?」


「は?」


 あまりに直球な質問をしすぎたか。

 低い声で威嚇してきた透真様に、俺は視線をそらす。


「現在、妹は病院で眠っている状態です。婚約者としての務めを、立派に行えないでしょう。それでも結婚するつもりなんですか?」


 社員の話を聞いていて心配になった俺は、思わず尋ねてしまった。


 俺の中での幸せの象徴である2人を、引き裂きたくない。

 叶うことなら、一緒にいて欲しい。


 しかし、それは透真様の立ち位置を考えれば、不可能に近い願望だった。

 妹の婚約だって、彼が手を回したおかげで出来るようになったものだ。


 そんな妹があんな状態になって、絶対に周りがうるさくなっている。

 まだ俺の元には届いていないが、それも時間の問題だろう。


 全く考えようとしていなかった自分に嫌気がさしてくる。

 透真様は、一体これからどうするおつもりなのだろうか。

 もしも、妹を切り捨てたらどうしよう。


 俺は不安で震えてしまいそうだった。

 しかし表面には出さずに、透真様の答えを待つ。


「お前、それは本気で言っているのか?」


 俺の問いかけに、彼は物凄い眼圧で睨んできた。


「……そういう噂を聞いたもので」


「誰からだ?」


「それは……知らない者でした」


「はっ。そんな知らない奴らの話を聞いて、判断したのか。馬鹿だろう」


 鼻を鳴らして馬鹿にしてくると、彼は立っていた俺に紙を投げつけてきた。

 何とか受け取ってみたら、その書類には妹の名前が書かれていた。


 その名前に反応して、慌てて中身に目を通す。


「……透真様……これは……?」


「見ても分からなかったのか? 字も読めないのか。そこには美春に手術を受けさせるために、必要な書類がそろっている。栫井家のサインも必要だ。お前がしろ」


「これで、美春は助かりますか……」


「助かるかじゃない。助けるんだよ」


 頼もしい言葉だ。

 透真様がそう断言するのであれば、きっと妹は大丈夫だと確信する。


「妹のために、ありがとうございます」


「お前に礼など言われる筋合いはない。俺は婚約者のために動いただけだ」


「……それでも、ありがとうございます」


 俺のためじゃないことは知っている。

 それでも妹が助かるのであれば、俺も幸せになれる。

 だからこそ、いらないと言われても感謝の言葉を述べた。


「さっさとサインしろ」


「はい」


 俺はポケットからペンを取り出し、家族の承認の欄に名前を書いた。


 もしもすでに2人が結婚していたら、俺が書く必要も無かったんだろう。

 そんなことを思いながら、名前の隣に拇印を押すと、書類を透真様に渡した。


「……不備は無いな。日にちは勝手にこちらで決める。別に構わないだろう」


「はい。栫井家には、俺から連絡しておきます」


「いや、いい。すでに連絡してある」


 さすが話が早い。

 俺に話が行く前に、すでに栫井家に手配済みだったのか。


 一歩や二歩どころか、背中が見えないぐらい彼はいつも先にいる。

 俺がただ心配していた頃には、すでに手術を受けさせるために手配を始めていたのだ。いや、すでに終わっていたかもしれない。


 本当に、つくづく凄い人だ。


「……おい」


「はい。何でしょうか、透真様」


 心の中で感動していると、透真様が書類を脇に置いて俺を呼ぶ。

 返事をすれば、何故か舌打ちをされた。

 さすがに酷い。


 一体何の用かと話すのを待っていれば、小さな声が聞こえてきた。


「美春のことが解決したんだから、もう気を抜くなよ」


「かしこまりました」


 釘を刺しておかなければならないぐらい、俺は腑抜けていたのか。

 さすがにこれ以上の失態をおかせないので、恭しく頭を下げる。


 心配事は無くなったし、もう失敗する理由が無い。

 そんな気持ちを込めて頭を下げていれば、また舌打ちが返ってきた。


 しかしそれでも、もっと怒られる可能性もあったのを考えれば、まだ優しくされた方だった。

 舌打ちが優しいなんておかしな話だが。



 バレたら大変なので、心の中で笑いながら、俺は良いと言われるまで頭を下げ続けた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る