03

「どうも」


「どうも」


 街中。


 特に何も代わり映えのしない、喫茶店。


 ブラックのコーヒーがふたつ。


 なんとなく。彼の匂いに似ているなと、思う。


 お互い。


 はじめて顔は合わせるけど。何を話していいか、分からなかった。


 同じ男を愛している、愛人同士。


 無言が、続く。


 お昼のテレビ番組みたいに、暴れたり嫉妬をぶつけたりすればいいのか。それとも、ねこを被って笑顔で他人行儀にすればいいのか。


 なにも。知らないから。


 どうすればいいのかも。


 わからない。


「あの」


「あの」


 同じタイミングで。喋ってしまう。


 恋人みたいだなと、ちょっと思った。


 それが。きっかけになる。


「なんか。付き合いたてのカップルみたいですね」


「そうですね」


 コーヒー。彼のような、香り。


「敬語」


「はい」


「なくても。いいですよ。そういう、面倒なのが。あんまり馴れてなくて」


「ありがとうございます。わたし、敬語と普通語の違いが、いまいち分からなくて」


「分かります。私もです」


「似た者同士、ですね」


「同じ男を、好きになるぐらいですし」


「たしかに」


 お互いに。また、コーヒーを少しだけ啜る。


「やっぱり。このコーヒー。彼の匂いがする」


「うっごほっ。ごほっごぼっ」


 むせた。


「ごめんなさい。いま私なにか言ってはいけないこと言っちゃいました?」


「彼のっ。げほっげほっ。彼の匂いとか言うから。意識しちゃったじゃないですか」


「え。え?」


「彼のものは。もっとこう、酸っぱい感じです」


「え。なにを」


「あ」


「あ。ああ。彼の」


 私たちの奥に出す液体のことを言っているのか。


「あっごめんなさい。なんか勘違いを」


「うふふ。彼の身体の匂いって言ったのに。まさかそんなことを考えるなんて」


「すいません」


 顔が朱くなる。


「お名前。お訊きしてませんでした。私は、萌莉吾めりあです。母方が外国籍で、当て字ですけど」


「だから、綺麗な茶金の髪を」


「あ、いえ。これは染めただけです」


「ごめんなさい。さっきからわたし。緊張してるのかな」


「あなたのお名前は。お伺いしても?」


「A子でお願いします。アルファベットのAで」


「A子さん?」


「名前が、錏瑚あこなので」


 名刺が出てくる。


「名前、書きづらくて。A子とかあこっていつも言ってるんです」


「そうですか。じゃあ、あこさんで」


「はい」


 あこと呼ばれた女性。コーヒーを口に持っていって。やっぱり、むせる。


「どうしよう。わたしもうコーヒー飲めないかも」


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