第15話 オルゴール――共鳴する孤独

 音楽が鳴っている。

 ハナには耳慣れない旋律だったが、その音の連なりは間違いなく「音楽」だった。

 オルゴールに似た、硬質な金属の響き合う音は、優しくもあり、もの悲しくもあり、無機質なようで切実な感情を歌っているようにも聴こえる。音は途切れがちに一音一音聴こえることもあれば、小川が流れるようにたくさんの音が連なってやって来ることもある。そのすべてが、ハナには愛おしかった。

 やがて、眩しい光に瞼を叩かれるようにして目を開けると、その眩しさに眼球の奥がずきりと痛んだ。思わず顔をしかめる。

 あまりにも眩しい光は、けれど温かかった。その温もりの傍らで、まだまだ目を閉じて眠っていたいと思う。しかし、不意に視界を黒い影が遮った。ばさばさと耳元で羽音がして、ムニンが来たのだとハナは気付く。普段は羽を広げるときも、ハナの肩から飛び立つときも、カラスとは思えないほど静かな音しかしないのに、今日は打って変わって耳元でわざとらしく羽音を立て続けている。

 煩いなと思ってしまった。光の温かさが遮られるようで鬱陶しいから、目の前から退いてほしい。そんな風に邪険に思っているとーー、

「いったぁぁぁぁぁぁぁいっ!!!!!」

 眉間に思いっきり嘴のひと突きを食らった。ハナのなかの眠気という眠気が一気に吹き飛んで、目がかっと開く。瞬間、感情の読めない、くるりと丸い金色の相貌と目が合った。黒い輪郭が、背後からの青白い光のなかに少し融けて見えたのは、ハナの目に涙が溜まっているからか。

 「目が覚めた?」とでも訊ねるように、ムニンが首を傾げる。

「……おはよう、ムニン」

 ハナは起きあがろうとして、体の節々の痛みに思わず呻いて動きを止めた。

「そっか、長老のところで眠ったんだった……」

 昨夜遅く、星の子の様子が気になって浮き島に渡り、そこで一夜を過ごしたのだった。星の子は元の体力を取り戻していないまでも、弱っているわけでもなさそうで、ハナはもうしばらく様子を見ることにしたのだ。

 そういえば、この青白い光は?

 寝起きのハナのなかで、昨夜からの記憶がどんどん繋がっていく。古木の翁の樹上にいた星の子はあれからどうしただろうかと思い、上半身を起こして洞の中の様子を眺める。眩しさにくらんだ目が段々と明順応して、周囲の光景が映り込んで来る。

 樹洞全体を明るく照らす青白い光の中心が、ハナのすぐ近くにあった。それは、ハナが手を伸ばして手が届くか届かないかの距離で、表面を波打たせながら、地面すれすれに浮いている。狭い洞のなかだからなのか、その光は始めに湖上で見たときよりも一回り大きく見えた。

「ああ、あなたもここで休むんだね」

 被っていたフードを頭から下ろし、長いツインテールに纏わりついた落ち葉を丁寧に払いながら、ハナは言った。

 そういえば、星の子は眠ったりするのだろうか? 夜に輝くから、昼間に眠るとか?

 そこまで思って、そういえば先ほどから耳に涼やかな音色が鳴っていることを思い出した。金属の硬質な爪を弾いて鳴らすオルゴールの音に似て、繊細で優しく、そして愛おしい。

 拍子も音階もないような不可思議な旋律だったが、それはハナの耳にははっきり、「音楽」として聴こえた。光と共に空間を包み込むような音楽に、ハナは取り憑かれたようにしばし耳を傾けた。

 この世界にない青白い光と旋律が、ハナの体に染み込んで、そしてすり抜けていく。どうして、遙か彼方からやって来た星の子の奏でる音が、こんなにも切実にハナの胸に響くのだろうか。

「……あなたも、独りぼっちだものね」

 鳴りやまない音楽のなかで、ハナはぽつりと呟くように星の子に語りかけた。それが聞こえているのかいないのか、星の子は淀みなく旋律をうたい続けている。

 ハナは、昨晩、古木の翁の枝の上で輝いていた星の子を思った。空気が冷えて澄んだ晩秋の夜空は、降り注ぐように満点の星が瞬いていた。見ず知らずの世界に不時着し、再び空へ打ち上がることもできないまま、届きそうで届かない世界を仰ぎ見るとき、星の子はなにを思ったか。

 それはきっと、圧倒的な孤独だ。

 そう思えば、ハナは星の子に語りかけずにはいられなかった。

「わたしもそうだよ。……わたしは、わたしの命が尽きるまで、独りぼっち」

 星の子は相変わらず、音楽に身を委ねるように光の輪郭を揺らめかせながら佇んでいる。その姿を、ハナは目が眩しさに耐えきれなくなるまで、じっと見つめていた。

 そんなハナを、ムニンの金色の瞳が、微動だにせず傍らで見つめていることさえ忘れて。

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