散華の果てに返り咲く改

アオピーナ

序章『また会う日を楽しみに』

 ——一面に咲き乱れる彼岸花の群れは、薄れていく意識と相まって強く『死』を連想させた。


 そんな散りゆく花弁を思わせる少女を囲む形で、何人もの少女は瞑目して祈りを捧げ、その身から芽を見せる花に意識をかぶかせているように見える。

 聖なる力の蕾が産声を上げるかのようにそれは微かに唸り、その源であるのだろう少女との、を感じさせた。


 そして、自分の名を呼ぶ少女の声を、滂沱ぼうだの涙と滾る激情と共に耳朶じだで捉える。

 右手には小指と彼女の小指で結び付けられた約束。


 きっと、何か大事な約束をしていたのだろう。けれど、追憶はこれ以上深く沈むことは無く。


 淡々と近付く終わりに身を委ねて、消えゆく景色の中でも尚咲き続ける紅蓮の花を見遣る。

 

 妖しく煌めくその花は、誰よりも少女を深い闇へと歓迎しているように思えた。

 きっと、この先に待ち受ける眠りは、以前のそれよりも遥かに長いのだろう。

 そうなればきっとこの子を悲しませてしまう。

 もう一度出会うことがあるのなら、せめて笑顔でいて欲しい。

 そう思って。 


「────」


 傍らに立つ妖精に、祈りを捧げた。

 呪われたように狂い咲く彼岸花と、己の名に秘められた花言葉を添えて。


 その刹那に走った、眩く白い光。

 は瞬く間に死にゆく少女を包み込み、そのを静止させた。

 困惑の声と、少女の懺悔にすすり泣く声が木霊する。


 光を放った主は少女を抱き締め、彼女は止まった巫女を虚ろな瞳で見遣り、やがて誓った。


 ——もうこの子に、苦しい思いはさせないと。


 そう強く願って、少女は立ち上がり、炎舞散らして迫りくる兵器と装甲を身に纏った少女達を睥睨し、腕を振って戦輪の『花』を咲かせる。


 この時から、罪を背負いし少女の物語は始まった。



 そして百年以上の時が経っていった——。


 

****


 永劫の時を生き、若く美しい容貌で大勢の者達を導いた女王は、今まさに朽ち果てようとしていた。

 

 焼け野原を覆い尽くす銀色の雪に、体温と意識は徐々に攫われていく。

 

 無機質で尚も進化を続ける科学技術と共に、女王は片時も忘れることなく、想い人を胸の内に留めながら邁進してきた。


 逢瀬を交わしていたあの少女が、敵勢力の長である『原初の巫女』であったことには驚愕したが、それでもまたどこかで会えると信じて、血みどろで凄惨な戦禍の中に身を投じてきた。

 

 しかし、それも今この時を以て終わりだ。

 花にその身を赦した彼女らは、自分達の新たな世界へと逃げ込んだ。

 ならば、地上を統べた自分達にもはやこれ以上戦争を続ける理由は無い。 


「……っ」


 ──その力さえも今は無いのだから。


 どくどくと流れ出る血を片手で抑え、眼前に佇む『妖精』を睨みつける。

 怨嗟の念が幾重にも入り交じった濁たらしい瞳。  


 だが、怯みはしない。

 確固たる決意の下に、なけなしの力を振り絞って女王は手に持つを妖精にかざした。

 

 煌々と七色に光る『花石』。

 それは瞬く間に妖精の力を取り込み、やがてそれは女王の掌に持つ石へと帰結する。


「さようなら。そして、もしまた会えたなら……」


 吹雪が轟いてその先の言葉をかき消し、女王の身体は下へ、下へと落ちていく。

 


 花の石と同じく、虹色に咲き誇る花の世界へ——。


****


 『花赦人』と呼ばれた乙女達と、彼女らを兵器で殲滅しようとしていたは、花赦人達が地下の『虹華楼こうかろう』に逃げ込んだ直後、間も無く巨大な花の毒素によって終わりを告げた。

 

 その『散華の日』から百年以上が経過した、ある『返り咲きの日』——


「——永絆なずな。私は、こんな結末を望んではいなかったわ」


 そう呟いた女は、桃色の複雑に編み込まれた髪を靡かせ、纏う黒衣の袖から桜色に光る腕を出し、手甲に咲く『調和の光子コスモス』を撫でた。


 対して、永絆——そう呼ばれた女は、純白のドレスを揺らし、地に刺す『祈りの星剣アングレカム』の柄を握り締め、星型に咲く剣花の先を向けて言った。

 青く澄み渡るような瞳が、同色を帯びた長髪の下から対面者を睨む。


「僕も、そう思っていたよ……咲螺さくら。けれど、これは仕方が無いことなんだ」


 対峙する二人を、蒼月の如く煌く鉱石と聳え立つ青き巨大樹が見守っていた。

 

 咲螺は、右眼にネリネの紋様を咲かせて紡いだ。


「『調和の光子コスモス』よ——」


 永絆も、右眼にリンドウの紋様を咲かせて応えた。


「『祈りの星剣アングレカム』よ——」


 最後に一つ、各々、己の心に宿る灯火を滾らせて。

 同時にそれを唱える。


「「——狂い咲け」」


 双方が咲かせる決意の花が、今激突する。



 これは、散華した者達による、返り咲きの物語。


 これは、花で成された世で乱れ咲く、決意と覚悟の物語——。

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