025 初日終了

 周囲に散らばる敵を掃討しながら、カーレルは生存者を捜索していた。明陽ヘリオス・へメーラは地平線にかかり、茜の空が暗く染まりゆく。


 助けたアルギュロス隊員は二〇〇を超え、それ以上の屍を看取ってきた。謝辞と批判は半々だが、カーレルは限りなく大きな一歩になったと肯定的に捉えている。


 異形はあるときを境に後退。まだ感知に幾ばくかの反応があるものの、それも疎らでしかない。恐らくは、ほとんどが撤退していったらしい。


 警戒しながら進むことしばし。新しい人の気配を捉えたカーレルは、足早にその方向へと足を向け、


「……ジャスパー、無事だったんだな」


 調査任務出立の折、カーレルたちに因縁をつけてきたアルギュロス総長の息子。そんな相手が、崩れた岩盤に埋もれたまま呻いていた。


 近くには彼の部隊の面々も倒れ伏している。誰もが生きていることを確認して並べ、埋まった最後の一人に向き直った。


「……カー、レルっ」


 こちらに気付いたジャスパーが、表情を歪めて掠れた声で喚く。ため息を一つ吐き、瓦礫をどかして相手を発掘してやった。


 ようやく瓦礫から這い出たジャスパーの右腕を見て目を細め、


「お前その腕は……」


 彼の腕は、瓦礫に押しつぶされでもしたのか、二の腕から下が完全に千切れていた。


 負傷箇所を押さえ、痛みを、そして怒りを噛み殺したような声で、


「……情けをかけたつもりか」

「いや、オレはただ自分にできる戦いをしているまでだ」


 淡々と語るカーレルは、最早ジャスパーを見てさえいない。次なる怪我人を助けるべく、周囲へと意識を向けたまま、


「その怪我で戦闘はもう無理だ。オレはまだ他を救援してくるから、隠れていろ」


 次なるアルギュロスの隊員を助けるべく、その場を素早く離脱。ジャスパーが声をかける間もなく、カーレルの背中はすぐさま見えなくなる。


「……畜生、畜生ぉっ‼︎」


 己の無力を――全てを呪ったような怨嗟の咆哮が辺りに響く。

 その残された手には、無針の注射器が握られているのだった。



  §



 体勢を立て直したアルギュロスの別部隊が、救援に駆けつけた。しかしカーレルたちはすでに残敵の掃討を完了しており、残るは負傷者の救助のみ。複雑な表情を浮かべる彼らに引き継ぎ、ふたりは戦線後方へと引き返す。


 被害を免れた攻撃兵器の間を抜け、物見塔へと戻る道すがら。向こうからフェルトとレイチェルが歩み寄ってくるのが見えた。


 黒髪の少年が手を振ると、そのうち片方が駆け出し、


「ランディっ‼︎」

「うわっと、なんだよレイチェル」


 緋髪の少女が、少年の胸へと飛び込んできた。


 勢いを受け止めて、レイチェルの肩に手を置く――


「どこか怪我はない?」


 ――直前に少女が屈みこみ、ランディの手は空を切った。


「ちゃんと手足はついているわね。心臓も動いているみたいだし、呼吸もしている」

「なんで確認がそんなにおっかないんだよっ!?」

「うん、それだけ元気なんだったら無事みたいね」

「もっとまともな判断方法あるだろ……」

「でも、本当に良かった……」


 てへへと笑う緋髪の少女に、いつも通りの過剰反応を返すランディは気がつかなかった。レイチェルが、同時にどこかほっとした表情を浮かべていることに。


「そう言えば、レイチェルはランディがいない間随分とあたふた――」

「ちょ、ちょっとフェルト隊長⁉︎ それは内緒にってっ‼︎」

「ふふふ」

「お、おう……。心配かけたな」

「あうう……」


 照れた反応を返すランディの隣で、髪と同色に顔を染めるレイチェル。そんな部下ふたりを見て、上品に微笑む少女。こちらも平然と爆弾を放り込む悪いお姉さんである。


 自身で撒いた種を放置したフェルトはカーレルへと向き直り、


「カーレルさんもお疲れさまです」

「ああ。道中の援護助かった」

「いえいえ、遠方にいたわたしにはあれくらいしかできませんでしたので」


 元奏術での援護に、フェルトが引き起こしたであろう突風。あれがなければ戦場の視界は砂塵で制限され、救助作業はとどこおったはずだ。


「では皆さん。わたしたちは先に宿舎へ戻りましょう。本日は十二分に働いてもらいましたし、これ以上の活躍はを生む可能性があります」

「……だな。アルギュロスだって全員が負傷した訳じゃない。オレたち四人くらい先に帰っても問題ないだろう」


 さっきはそのつもりで引き継ぎしてきたし、と悪い大人一号がイヒヒと笑う。あくどい用意周到さにドン引きした少年少女は、


「……悪い大人だ」

「……これが、大人の対応」

「マネしていいのと悪いのがあります。その辺りはちゃんと自分で判断してくださいね」

「「了解です。隊長」」

「……オレだけ反面教師扱いなのか」


 自覚はあっても、なんだか釈然としないカーレルだった。

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