015 隊舎にて

「……アンタ、なんでそんなにピンピンしてんだよ」

「……ほんとですよ。こっちはふたりがかりで掠らせすらできなかったのに」

「まぁ、端的に言って経験の違いだな」


 共用の机に倒れ込む若人ふたりを見下ろし、カーレルは腕を組んでうんうんと頷く。


 フェルトが会合に参加する空き時間を利用して、三人は訓練に勤しんでいた。もっとも現在は大侵攻間近で、遠征任務のない緩衝期間。これからしばらくは同じような日々が続くのだろう。


 今日の訓練はカーレルひとりに対してふたりがかりの実戦形式だった。だがランディたちは一撃も当てることができず、体力切れという結果に終結。


 ぐてっとだらしない同僚たちを見下ろしたカーレルが、


「改めて手合わせをして、お前たちの錬度の高さが分かった。あの域には一朝一夕では届かない。けど、それだけに胡坐を掻いていたらまた鍾乳洞のときみたいなことが起きるぞ」

「んなこと言われても、どうすればいいんだよ」


 前回の失敗を引き合いに出され、ランディは唇を尖らせた。あの場でカーレルが動かなければ、レイチェルは危なかっただろう。怪我を負い――最悪の場合、命を落としていた可能性すらあり得るのだ。


「ランディ、あのときの戦闘はどうだった?」

「……正直戦い辛かった。槍が鍾乳石に引っかかりそうで思う存分に取り回せなかった」


 実際の戦場では、不測の事態は幾らでも起こりうる。場所が悪くて十全に戦えませんでしたなどと、言い訳にもならない。それをよく理解しているのか、ランディは微かに表情を歪めている。


「ああ、そうだ。フェルトが広い空間に移動してくれたから拮抗できていたと思うが、基本的に長物は狭い空間では取り回しが難しい。その意味では、あの戦場は相性が悪かったな」

「……つまりあんたは、今から武器を取り替えろって言いたいのか」

「そうじゃない。ただ、一つアイディアはある」

「アイディア?」

「これに関しては後から話そう。レイチェルはどう思った?」


 話題を振られた少女は机に突っ伏したまま首を横に振り、


「……後ろからの奇襲がわからなかったです。カーレルさんの助けがなかったら……」


 最初から比べれば格段と親密になった話し方だが、言葉には少年同様に悔恨が滲む。ランディが少女のことを気にかけて槍を手放さなかったなと、カーレルは思い出す。当の少年も僅かに身を起こし、幼馴染を心配そうに見やっている。


「そう悲観するな。あれも経験――と言いたいところだが、ちゃんと感知する手法がある。訓練自体はそこそこめんどくさいけどな」

「そんな方法があるのか?」

「ああ。というよりフェルトからは何も聞いていないのか?」


 カーレルの問いかけに、ふたりが揃って渋い表情を浮かべた。


「あー。なんていうか、隊長は……」

「……物事を教えてくれるときは、その、擬音が多くて……」

「擬音?」

「例えば元素の制御方法もこう、『体内の元奏核にボウっとした力を感じて、それを全身にブワーって広げて、あとはそれをシャキーンって感じで鋭くすれば』って……」


 しばしの沈黙が流れ、


「コレハヒドイ」


 やがてカーレルが、どこか達観した目で言葉を発した。見ればランディたちも腕を組んで盛大に首肯している。


「私たちは立場上、他に教えてくれる人がいなかったんです」

「だから座学は教本頼りで、元素制御を習得するまで普通よりも時間がかかったんだよ」

「……苦労したんだな。今までよく頑張った」

「わかってくれただけで十分だ」


 しみじみと呟くランディに、半ば白目を剥くレイチェル。要するに、事前知識教えないけど戦場に行ってくださいと言っているようなものだ。フェルトのてきと……もといスパルタぶりが垣間見えた。


 仲間へと憐憫の視線を向けたカーレルはコホンと咳払いし、


「話を戻そう。索敵には、自分の周囲に存在する元素を探知する訓練が効果的だ」

「元素の探知?」

「ああ。この世界の万物は元素によって構成されている。それは人もフォボスも変わらない。それを探知することで障害物の向こうにいる敵の気配を探ることができるんだ」


 概要を講釈したカーレルは「そうだな」とレイチェルへ視線を向ける。


「弱い元素の障壁みたいものを全方位に発生させることはできるか?」

「はい、それくらいなら」


 問われた少女は立ち上がり、部屋の空きスペースへと移動する。右の人差し指を立てて制御陣を構築し、


「――風障壁ゲイルシルト


 途端、レイチェルを包み込むように球状の風障壁が出現した。カーレルはそれを眺めて、


「もう少し大きく……そうそうそんな感じだ。それを維持したまま目を閉じて集中しろ」


 戸惑いながらも少女は言われた通りに目を閉じる。


 さて、とカーレルは机の上に置かれている箱から個包装された菓子を一つ手に取った。そろりと少女の背後に移動し――ヒョイ、とその背中目がけて投げる。


 放物線を描く菓子が障壁に触れた瞬間、レイチェルは素早く反応してそれを摑み取った。


「簡単な例だとこんな感じだ。原理はわかったか?」

「……はい。よくわかりました」

「まぁ、他にもいろんな探知方法があるから、自分に合った方法を研究して――っと」


 背後に気配を感じたカーレル。こっそりと回り込んでいたランディが投げた菓子を同じ要領で掴み取る。


 そのまま包装を解いて口に放り込み、


「……甘ったるくて不味い」

「ああ、一番人気のない味だ。余ってたから在庫処理だな」

「お前なぁ……」


 してやったりとクスクス笑うふたりに肩を落としたのだった。

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