009 調査現場到着

 明陽が天上を越えて少し傾いた頃。幾度もの会敵を経た後、一行は大河ヴェローク・リバーと合流した。


 峡谷を形作った流れに沿って移動し、標高三〇〇〇メルナほどの高い山へと辿り着く。


 アイグレーの東南東約一〇〇キルナ地点に聳え立つ、ルギートゥ・マウンテンの麓。その中央を分断する広大な峡谷地帯――ヴェローク・キャニオンの入口だ。


 渓谷の入口に建つ古代文明時代の建造物横へと、ジープを隣接させる。周囲の安全を確認した後に着陸し、一行が降り立った。


 レイチェルが建造物の金属壁表面に手を這わせて、


「この建物、材質は隊舎みたいですね」

「発見当時の調査結果から推測するに、同年代の建造物だと思いますよ」


 フェルトが事前資料を基にした考察を共有し、


「しっかし、なんでこんな辺鄙なところに建てたんだよ。不便で仕方ないだろう」

「昔は異形なんていなかった可能性もあるんだ。案外山の観光案内所だったりするかもな」

「……いや、流石にそれはないだろ」


 ぼやくランディへと、カーレルが冗談を交えた。


 口々に意見を言い合う中、フェルトが手を叩いて注目を集める。


「今回はここに宿泊する予定です。調査が完了すれば、その分早く休めますよ」

「りょーかい、俺も連戦でくたびれたんで休みたい」

「同感です……」


 休めると聞いて、どことなく雰囲気が緩むランディとレイチェル。


 経験を積む名目で、道中の戦闘――都合二三回――はほとんど彼らが引き受けていたのだ。いくらヒュドラの因子で回復できるとはいえ、疲労は溜まっているのだろう。


「お前たちは休んでいろ。宿営の準備は俺がする」

「……あんたも慣れない移動で疲れているんじゃないか?」


 カーレルも肩慣らしと幾度か戦闘を行なった。しかし絶好調の元エースは敵を全て瞬殺し、結局はふたりの訓練に割り振られたのだ。


「心配してくれるのか?」

「べ、別にそんなんじゃねぇよ……」


 そっぽを向いたランディへとカーレルが苦笑し、


「お前たちより疲労はない。それに明日以降もあるんだ。休めるときに休んでおけ」

「はい。ふたりには今後も先陣を切ってもらいますので、ここは好意に甘えましょう」


 フェルトの何気ない一言に、レイチェルたちの間に緊張が走った。


「……やっぱり俺も設営の準備のほうが」

「私も……」


 小さく手を挙げて、慈悲を願った彼らの申し出が、


「ふふふ」


 無慈悲な毒竜の笑みに一蹴され、


「「あ、だめなやつだこれ……」」

「やっぱりそんな認識なのか……」


 カーレルはこの部隊の力関係を明確に悟り、戦慄していたのだった。



  §



 建物の中は思ったより広く、四人が数日過ごすのに支障は無さそうだった。ライフラインこそ止まっているものの、元奏術や持ち込んだ物資で十分に補える。


 英気を養った一行はその日のうちに周囲の軽い散策を行い、本調査に備えた。


 翌日、準備を終えて建物から出たレイチェルが大きく伸びをする。


「ん~。部屋も分かれていたし、思ったよりもしっかり休めました」


 緋色の髪をサラリと靡かせて後ろのフェルトを振り返り、


「隊長のお陰でシャワーも浴びれましたし、キャンプと思えばこれも悪くありませんね」


 少女の言葉に、フェルトが「ふふふ」といつもの笑みを浮かべ、


「気合十分ですねレイチェル。その調子で今日も『戦闘』を頑張ってください」

「……前言撤回です。一気に気分が……」


 肩を落とす少女に並び立ち、巻き込まれた少年が同意するようにげんなりする。


「……落ち込むな。俺ももう帰りたくなってきた」

「ほら、お前も頑張れ。危なくなったら援護するから」

「あんたは気楽でいいよな。押しつけられる俺らの気にもなれってんだ」


 横に並んだカーレルへと、恨めし気な視線を向けるランディ。


 テンションがまちまちな一行は蒼い空の下、渓谷の流れに沿って進む。


 切り立った断崖からは大小さまざまな岩が突き出て、色とりどりの草花が根ざしている。河原は一切整備されていない天然そのもので、一般人が歩くには適さない地形だ。


 添い進む流れの上流に連なる、優に一〇〇メルナを超える高さの大瀑布。川面に跳ねる飛沫が、腹の底から迫り上がる水音を渓谷全体に反響させる。


「わぁ……」

「凄ぇ……」


 移動中もレイチェルたちは瞳を輝かせ、光景を網膜へと焼きつけていた。


 カーレルはため息を吐いてふたりの頭に軽く拳骨を落とす。


「あうっ」

「……ってぇ。殴ることないだろっ」

「おいお前たち、景色を楽しむなとは言わないが目的を忘れるな。周囲の警戒はどうした」


 頭を押さえて文句を言ってくるランディには取り合わず、とある方向をチラリ。釣られて動くふたりの視線が捉えたのは、


「そうですよ。移動中にあんまりよそ見をしていたら――バチバチしますよ」


 ゴゴゴ……と大瀑布にすら勝る迫力ある笑顔で、指間に雷光を奔らせたフェルトだった。


 ぎょっとした表情を浮かべたランディたちが電光石火の速さで周囲をきょろきょろし、


「ふ、付近に異常はありませんっ!」

「進路オールクリアですっ!」


 と、急に畏まって敬礼した。


「はい。その調子でお願いしますね」


 先へ進むフェルトの後を、ランディとレイチェルが慌てて追いかける。


「気をつけろ。敵は周りにいるとは限らない」


 殿を務めるカーレルの言葉に、少年たちは冷や汗を流しながらも同意するしかなかった。



  §



 瀑布沿いの断崖を見上げて休息を取った一行は、改めて付近を調査する。上へと登る足場を探すためだ。


 落水の影響か周囲の温度は低く、レイチェルは風の障壁で保温している。しかし同じ芸当ができないランディは、隣で震える肩を擦っていた。


「さむっ。遠くから眺める分にはいいけど、近くには長くいたくないな……」

「そうだな。こんな事態を想定して防寒具の一枚でも持ってくるべきだったか」

「まぁ二日目ですからそんな失敗もありますよ。明日以降の教訓にしましょう」


 フェルトの言葉通り、まだ慣れない地での調査の序盤戦だ。それを加味して、今日は渓谷の広い範囲を軽く見て回るのみの予定だった。


「そうよランディ、男の子なんだから少しは我慢しなさい」

「お前は自分だけずるいぞっ」

「私だとまだ制御が難しくて、広範囲で障壁を張れないのよ」


 そんなレイチェルだが、滝の音にかき消されてしまいそうな声で、


「……それとも、近くまで来る?」


 やけにいじらしい少女の申し出に、黒髪の少年が「うっ」と声を詰まらせる。


 呆れて周囲の探索へ戻るカーレルとは対照的に、期待の眼差しを送るフェルト。


「……心遣いだけ貰っておく」

「そ、そう……」

「お喋りはそこまでだ」


 空気を割って聞こえたカーレルの声に、わっひゃい、と離れるランディたち。


 残念そうな表情のフェルトを無視し、カーレルは肩越しに後ろを指差した。


「上に行く足場かは分からないが、滝の裏に洞窟らしきものを見つけた」

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