第44話 まぁ、確かに意味わかんないですけど

「ん? 国近に……勝浦先輩じゃないのですか。こんにちはなのです。今日は知り合いによく会うのです」

 アーモンド形の瞳がふたつの人影を捉える。よく目立つアッシュゴールドの髪と、特徴的な赤メッシュが入った黒髪。彼らに軽く片手を挙げてみせると、国近は気まずそうに口元を引きつらせた。

「げっ……佳代ちゃんじゃん」

「げっ、じゃないのだ。二人も兆の見舞いなのですか?」

「まぁ、そんなもんだ」

 軽く頷き、圭史は佳代に一歩近づく。はしばみ色の瞳を鋭く瞬かせ、司法官のように口を開く。

「少し、聞きたいことがある。時間はとらせない」

「……どうしたのです?」

 岩のように重い声に、佳代もかすかに声のトーンを落とす。鍛え上げられた日本刀のような圭史の目と、それを見返す佳代の真っ直ぐな瞳。国近はどこか複雑そうに、大きな視線を彼らから逸らす。アーモンド形の瞳をさすように見つめ、圭史は重々しく口を開いた。

「……俺たち『Rising Dragon』には、絶対の掟がある。裏切り者は許すな、他人の『居場所』を奪うような真似だけはするな。『居場所』を失った人間がいたら、できるだけ速やかに俺のもとに連れてこい。そして……ここ以外に『居場所』がある奴は、すぐにこのチームを去れ。それが、絶対の掟」

「……ふむ」

 その言葉を咀嚼し、佳代は視線を伏せる。その脳裏をくるくると思考が巡ってゆく。恐らく、彼らは辛い境遇に置かれがちな二高生徒の『居場所』となるべく作られたのだろう。それが何故、不良チームという風を帯びてしまったのかは一旦置いておいて、成り立ち自体は理解できる。

 しかし、わからないことがあった。


「……つまり、僕に何をしてほしいというのです? きざしの『居場所』になってほしいのか、それとも兆から離れてほしいのか……」

「どちらでもいい。それはお前と兆の選択だ。俺が口を挟むべきことじゃない」

 言い放ち、圭史は佳代から視線を外した。派手なアッシュゴールドを揺らし、兆の病室がある方向に視線を流す。

「お前とあいつがどういう選択をするにせよ、俺はそれを尊重する。ただ、どっちを選んでも茨の道になるってことは、理解しておけ」

 その声は突きつけた日本刀のように鋭く、その言葉は神社の石のように重く。小さな拳を握りしめる佳代を一瞥し、圭史は歩き出す。

「……俺からは以上だ。行くぞ、国近」

「っ、はい」

 その声に応じ、国近も彼を追って歩き出す。しかし、ふと足を止め、佳代の方を振り返った。大きな黒い瞳が、どこかむず痒そうに瞬く。

「……とりあえず、キザッシーと二人で話してきなよ。そりゃ勿論、キザッシーが抜けた穴は何かしら塞がなきゃいけないけど。でも、圭史さんも圭史さんなりに、キザッシーのこと考えてああおっしゃってるからさ。そこはわかってほしいな」

「……ああ」

 子供のように頷き、佳代は兆の病室がある方向を見据える。だけど、その瞳にはどこか泣きそうな光が宿っているようで……しかし、国近はそれを振り切り、圭史の背中を追って歩き出した。



「……圭史さん」

「なんだ?」

 病院周辺のファストフード店。その片隅でフィレオフィッシュを口に含みながら、圭史は正面に座る影に視線を向けた。国近はダイエットコーラをちまちまとすすりながら、言葉を探しあぐねるように大きな目を伏せる。

「めっちゃ恐れ多いんですけど……その、キザッシー、あれでも『Rising Dragon』じゃ中堅レベルの立場はあるわけで。『イソップ』とか他校とかとやり合う時も、まぁまぁ頼りになりますし……」

 本人もどう言葉にすればいいのかわからないのか、喉に言葉が引っかかっているような声。圭史は一旦ハンバーガーを置き、口を開く。

「……つまり、どうして兆を『ライドラ』から追い出す方向に話を進めたのか、って話か?」

「えっと……まぁ、そういうことです」

「それならそうと言え」

 あっさりと言い放ち、彼はそれとなく窓の外に目を向けた。よく晴れた夏の空、しかし遠くには入道雲の影も見えて。圭史は小さく息を吐き、国近に視線を戻す。


「……兆は、こんなところにいるべき人間じゃない」

「はい?」

「お前、兆と同じクラスだろ。見ててわからないか?」

 圭史の言葉に、国近は大きな瞳をふっと伏せる。クラスメイトとして、同じチームのメンバーとして、彼のことは適当に見てきたけれど……確かに彼は、他の不良たちと比べると浮いている感じがしなくもない。

「あいつは根は真面目だし、努力家だし……本来は、俺たちみたいなアングラな勢力に関わっていい人間じゃない」

「……まぁ、わかります」

「あいつはただ、勇気が出ないだけなんだ」

 呟くようにそう吐き出し、彼はトレイの上の紙パックを手に取った。中のブラックコーヒーをすすり、一息つく。窓の外を小さな子供が過ぎてゆき、無邪気な笑い声が店内にまで響いた。

「……勘解由小路かでのこうじ、だったか。あいつみたいな、全力で意味わからん方向に引きずっていくタイプの奴が、あいつには必要だと思う」

「意味わからん方向って。まぁ、確かに意味わかんないですけど」

 薄く笑い、国近はテーブルに頬杖を突いた。勘解由小路佳代という人間は、いつだって自分が望む方向が正しいと信じ切り、他人すら巻き込んでその方向に突っ走っていく存在だ。根拠のない自信と、甘すぎる見通し。そのくせ不思議といい方向に回っていくのは、どうしてだろうか。

「まぁ……佳代ちゃんも、悪いやつじゃないですし。わけわかんない奴ではありますけど……でも、確かにキザッシーには、あいつが相応しいのかもしれません」

 呟き、国近はふっと視線を伏せた。圭史は『Rising Dragon』のリーダーで、メンバー全員の状態や指向は、ざっくりと把握しておく必要があって。それはサブリーダーである国近もわかっている。けれど。


「……圭史さん」

「なんだ」

 はしばみ色の瞳が国近を捉える。目を逸らしたくなる衝動が胸を突くけれど、歯を食いしばって耐える。彼の表情は相変わらず、日本刀のように鋭いけれど……その瞳の奥に、渇望する白い手のような光を見たような気がして。そして、その手の先に誰がいるのかも、本当はわかっていて。

「……やっぱ、なんでもないです」

 泣きそうに震える声が、空気に溶けて消えていった。

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