第14話 なにって、王子様コスだけど

「おい陽刀ひなた

「どったの圭史けいし

 蛍光灯の光の下、アッシュゴールドの髪が輝く。腕を組み、眉をぴくぴくと動かす圭史を、陽刀はイーゼル越しにきょとんと眺めた。黒い棒状の画用木炭をくるくると回し、こてんと首を傾げる。思い至る点など欠片もなさそうな彼に、圭史は深く溜め息を吐いた。

「なんだよ、この格好」

「なにって、王子様コスだけど」

 あっけらかんとした答えに、圭史は白い手袋に包まれた手で頭を押さえる。彼が纏っているのは、白と赤を基調とした、いわゆる『王子様の服』である。金色の肩章や真っ赤なマント、白いブーツといった細部まできれいにデザインされたそれを見下ろし、再び深く溜め息を吐いた。

「こんなん俺には似合わねえっつーの……勇翔とかに頼めよ」

「いやいや、ボクはこれ、圭史に着てほしくてデザインしたんだよ。サイズとか大丈夫? 大きすぎたりしない?」

「ぴったりすぎて怖ぇよ……」

 呆れたような声に、陽刀は満足げに微笑みを浮かべた。ちょこんと丸椅子に座り、黒いチョークのような木炭を指先で回した。

「それじゃあ片手を胸にあてて。……そうそう、そんでもう片方の手は身体にぴったり、脚は軽くクロスしてー」

「こうか?」

 陽刀に言われるがまま、ポーズを決める圭史。そのはしばみ色の瞳は鋭く、派手な髪形や髪色も相まって威圧的な印象を受けるが、顔立ち自体は端正なものだ。そんな彼をしばし見つめ、陽刀は満足げに頷く。

「そうそう。いい感じだよー。モデルになれるんじゃない?」

「やめろ。そんなのは柄じゃねえ」

「冗談だよー。それじゃ、動かないでね」

 そっと口元に指を当て、陽刀はすっと表情を消した。その瞳に、真っ直ぐな刀のような光が宿る。普段はふざけてばかりいる彼も、絵に向き合う時だけはひどく真剣で。画用紙の上を木炭が滑り、素朴で心地よい音を立てる。


(変わった奴だよな。陽刀は)

 はしばみ色の瞳が、ピンク色の髪をじっと見つめる。木炭の動きと連動するように揺れるピンク色は、まるで桃の花が風に揺れるかのようで。不思議と目が離せないまま、圭史は脳裏で思考を巡らせる。

(こいつは、ちゃんとした『自分自身』を持ってる。絶対に揺らがない軸みたいな。だからこそ、自由に生きられるんだろうな……)

 翻って、自分はどうか。そう考えてみると、眉間に深いしわが寄った。思い出すのは、和服を纏った白い髭の祖父。屋敷の一番奥の和室で、隙のない動作で茶を飲んでいる姿。そして、若衆たちを束ねる父親の横顔。ひどく精悍な顔つき、抜き放たれた日本刀の輝き。思わず唇を引き結び、視線だけを伏せる。

(俺はに縛られて……自由になれる場所を求めて『Rising Dragon』の頭になった。だけど、その手段だって……結局はに、に縛られてるんだよな……)

「こーら、圭史っ」

 どこか不満そうな声に、圭史ははっと視線を上げた。二対のはしばみ色が流星のように交差する。心臓がポップコーンのように軽く跳ねたような気がして、圭史は胸にあてた手をかすかに曲げた。陽刀は不満そうに立ち上がり、ズビシッと木炭で彼を指す。

「王子様にはそんな顔、似合わないよっ。もっとこう、自然にさ……」

 そう言いかけて、ふと陽刀は木炭を下ろした。呆然と見返してくる圭史の瞳をじっと見返し、ニッと微笑みを浮かべた。それはまるで春の日の太陽のように暖かくて、初夏の風のように爽やかで。

「ね、笑ってよ圭史。ボク、圭史の笑った顔が見たいな」

「……お、おう、すまねぇ」

 つられるように口元を綻ばせる。未だにどこかぎこちない笑顔だったけれど、それでも眉間のしわはすっかり消えていて。陽刀は満足げに頷き、再び木炭を画用紙上に走らせていく。はしばみ色の瞳は真剣で、それでいて砂場で遊ぶ子供のように映った。



「できたー!」

「早えぇな」

 子供のように丸椅子から跳ね起き、陽刀はくるくると回り出した。幼い弟妹を見る兄のようにそれを見つめ、圭史はずっと取っていたポーズを解く。衣装が傷まない程度に肩を回し、腕を伸ばす。陽刀はひとしきり踊ったのち、大きな画用紙をイーゼルから外した。

「ねえ、どーお? 格好よくない!?」

 流れ星のようにキラキラと輝く瞳が圭史を見上げる。見せつけるように掲げられたそれには、モノトーンのデッサンが描かれていた。流れるような金髪の質感や、良質そうな衣装の素材感なども繊細に表現されていて、展覧会に出しても遜色ない品だろう。なにより圭史の整った顔立ちは、陽刀の手にかかればまるで彫刻のようで。幾度か瞬きを繰り返し、圭史は半ばほうけたように口を開く。

「……これ、本当に俺か?」

「他に誰がいるのさ。ふふ、かっこいーでしょ」

「まぁ、悪くはねえわな」

「全く、素直じゃないなー」

 少女のように愛らしく笑う陽刀に、圭史は思わず口を閉ざした。画用紙を持ってくるくると舞う姿を眺めつつ、何気なく思考を巡らす。

(……あいつはどうして、あんなにも自由なんだろう。ガキみたいに無邪気で、何にも縛られない……そういう奴に――)


「なぁ、陽刀。お前は……」

 そう言いかけて、圭史は唇を閉ざす。聞きたいことはたくさんあるけれど、それを問うても本当にいいのか、わからなくて。なにより……圭史には、どうしても知られたくないことがあるから。

「ん、どしたの、圭史?」

「いや……なんでもねえよ」

 俯き、薄く微笑みを浮かべる。その口元はどこか自嘲しているかのように思えて、陽刀はふと踊るのをやめた。画用紙をイーゼルに戻し、大股で圭史に歩み寄ってゆく。少し背伸びして、自分より背が高い圭史の金髪をそっと撫でた。天使が羽を擦るような感触が、華やかな色をした髪越しに伝わる。

「……陽刀?」

「ボクは圭史のこと全部知ってるわけじゃないし、知ったようなことは言えないけどさ。でもね、これだけは言わせてもらうよ」

 アッシュゴールドの髪からそっと手を離し、陽刀は春の日差しのように微笑んだ。ピッと圭史の眉間を指さし、流星群の引き金を引くかのように言い放つ。

「圭史もやりたいこと、やっていいと思うよ。やりたいことを否定する権利なんて、誰にもないと思う。だからさ、圭史も自由になりなよ! ねっ!」

 キラキラと輝く瞳は無邪気な子供のようで、穢れを知らない白い雪のようで。圭史の胸の中に一瞬、燃え盛る炎のような感情が浮かんだけれど、それはすぐに火種が尽きたかのようにしぼんでいく。彼のあまりに無邪気な瞳は、怒りをぶつけるには尊すぎて。


「……ああ。ありがとな、陽刀」

(……それができれば、どんだけ楽だろうよ)


 ぎこちない微笑みを自覚しながら、圭史は彼岸花を投げるように告げる。勝浦圭史は、自由に動くにはあまりにもがんじがらめで……という立場は、彼が背負うにはあまりにも、重すぎて。

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