第2話 校則違反の模範解答か!

「……え、何? 知り合い?」

「知り合いも何も幼馴染です! 中学入った辺りからちょっと疎遠になっていたのですけど……きざし、何故お前がここにいるのだ!?」

 呆然と放たれた誰かの声に、佳代は兆を指さしたまま絶叫する。対し、兆はふっと彼から目を背けた。グロッシーブラックの髪がさらりと揺れる。

「……関係ないだろ」

「なくないッ! 僕はお前の幼馴染なのだ、何より今はクラスメイトなのだッ! というか何故こんなところにいるのだ、お前はもっと――」

「黙れよッ!」

「……ッ!」

 爆発音のような声に、佳代ははっと身をすくませた。氷柱のような光を宿す三白眼に睨まれ、彼の喉元で声が砕け散る。噛みしめられた唇は、泣きそうに震えるその瞳は、哀れなほど雄弁に現実を物語っていて。言葉を失う佳代に、兆はどこか涙の滲む声で言い放つ。

「……お前にだけは、会いたくなかった……放っといてくれ」

「……」

 ひどく震えた声を残し、兆は自分の席に腰を下ろした。机に突っ伏し、石のように押し黙る。そんな彼から視線を外せないまま、佳代は一歩後ずさった。教室のざわめきがひどく遠く感じる。どこか気まずいざわめきの中、担任はやっと我に返ったように口を開いた。

「そ、それじゃあ勘解由小路、席に着いてくれ」

「……」

「……勘解由小路?」

「え、あ、はい?」

 きょとんと顔を上げる勘解由小路に、教室のあちこちから冷笑が漏れる。肩をすくめ、担任教師は空席を手で指し示した。

「とりあえず席に着いてくれ」

「あ、はい……」

 容赦ないせせら笑いを浴びながら、佳代は両手で顔を覆う。窓際の席に腰を下ろし、そのまま兆と同様に机に突っ伏した。

(新学期からこんなんで、大丈夫だろうか……心配になってくるのだぞ……!)



「ゲーセン行く人ー!」

「はーい!」

「俺もー!」

 担任が教室を出るなり、派手な金髪の少年が立ち上がった。前開けにした紺の学ランから蛍光イエローの柄Tシャツが覗く。どぎつい香水の匂いを振り撒く彼のもとに生徒たちの大半が群がっていって、酒盛りか何かのような大騒ぎが始まる。刹那、跳ね起き、佳代はドラムロールのような足取りで彼らのど真ん中に飛び込んでいった。中心人物と思われる金髪が頭の後ろで腕を組み、愉快そうに口を開く。カラコンが入っているのか、ほのかに緑色に染まった瞳が瞬いた。

「お、一高の。か……か……かーちゃん? だっけ?」

「ブハッ! かーちゃんとか!」

勘解由小路かでのこうじなのだ! 勘解由小路佳代!」

「うっわ、怒ってる顔カワイー。俺、憲太郎けんたろうね。上原かんばら憲太郎。ってか、お前も遊びに行くワケ? 一高生のくせにやるじゃん佳代ちゃん」

「行かんッ!」

 バッサリと一刀両断し、佳代は周囲を囲むクラスメイト達を睥睨した。というか小柄なので見上げざるを得ないのだが……ともかく、ぐるっと一周指さして声を張り上げる。

「式典にくらいちゃんと出ろ! 高校生だろう! というか事前に配布されていたスケジュールでは午後は休みだったはずだ、遊びに行くなら午後まで我慢しろッ!」

「えー? なんでだよ。遊べるときに遊んどかないとのちのち後悔するぞ?」

「普通は始業式を抜け出してまで遊ばないッ!」

「さっすが一高生は真面目だねぇ。いいから行こうぜ、なぁなぁ」

 少年――憲太郎が派手な金髪を耳にかけると、耳たぶで骸骨のピアスが光った。そんな彼をズビシッと指さし、佳代はさらに声を張り上げる。

「だいたい! お前は髪を染めるな、ピアスを開けるな、カラコンを入れるな、香水をつけるな、制服は生徒心得の指定通りに着ろ! 校則違反の模範解答か!」

「なんだようるせーな。センコーかよ」

 やれやれ、と腕を広げ、憲太郎はニヤニヤと笑みを浮かべた。その瞳に鋭い針のような光が宿る。一気に空気が絶対零度に冷え切ったような感覚の中、周りの生徒たちの視線が氷柱のように佳代に刺さった。緑色の瞳で佳代を覗き込み、憲太郎は唇を舌でなぞる。と、佳代の腕が強く引かれる感覚。数歩よろけ、振り返ると、見慣れた三白眼が彼を見つめていた。

「佳代、やめろ。あんまり絡むなッ!」

「なんだよ、つれないねぇキザッシー。折角編入生と仲良くなろうとしてたのに。それとももしかしてアレ? 幼馴染はオレのもの的な?」

「それは違う!」

 言い放つ兆の三白眼を佳代が見上げると、彼はびくりと身をすくませた。ふっと視線を佳代から外し、ぼそぼそと言い放つ。

「……面倒ごと起こされたら、困るってだけだ。チームに迷惑かけるわけにもいかねえし」

「チーム……」

 その言葉に、佳代はピシリと音を立てて固まった。周囲の不良たちがざわつき、憲太郎が彼の正面に回ってひらひらと手を動かしてみる。佳代は口の中だけで何かを呟き、バッと顔を上げた。勢いよく兆を指さし、絶叫する。

「き、兆お前、やっぱり不良になってたのか!?」

「いや気付けや」

 誰かのツッコミが風のように過ぎ去ってゆく。兆は再び佳代から視線を逸らし、どこか湿った声で言い放った。

「……どうでもいいだろ。佳代には関係ない」

「よくないし、なくない!」

「もうマジで放っといてくれよ。……俺にだって、色々あるんだよ」

 その声に、佳代は思わず拳を握りしめた。春なのに、周囲の空気がひどく冷たく感じる。しかし、と彼は歯を食いしばり、顔を上げた。兆を勢いよく指さし、堂々と言い放つ。

「だからといって見逃すわけにはいかんッ!」

「本当しつこいな。そこだけは変わらずにいてほしくなかったよマジで……」

 深々と吐かれた溜め息には、拭いがたい疲労の色が滲んでいて。中学に入った辺りから学校が分かれて疎遠になっていたが、それ以来、彼に何があったのか佳代は知らない。下手なことを言うことは到底できなくて、佳代はぎゅっと唇を引き結ぶ。


「あーもう、つまんね」

 ふと憲太郎の声が響いて、はっと振り返る。彼はひどく退屈そうに金髪を揺らし、大きく伸びをした。そのまま、教室の後ろ扉へと歩き出す。

「もう行こうぜ。付き合ってらんねぇし」

「待て待て待て!」

「お、おい佳代!」

 脊髄反射で彼らの前に回り込み、佳代は後ろ扉を塞ぐように両手を広げた。眉をひそめ、憲太郎は腰を折って小柄な佳代と視線を合わせる。

「なんだよ、そんなに俺たちと一緒に遊びたいわけ?」

「そんなわけがないだろう! いいから始業式に出るぞ、もうすぐ開始時刻ではないか!」

「もう間に合わないじゃん。だったら遊んだほうが早いしさぁ」

 未だにヘラヘラと笑っている彼に、佳代は深く溜め息を吐いた。腰に手を当て、半目で憲太郎を見上げる。

「分かった。だが、始業式には出るのだ。出るなら昼飯代を出してやるのだ。できる範囲で、だが」

「ちょ、佳代!!」

「止めるな、兆。こうでもしないと彼らは言うことを聞かん」

「……言ったな?」

 ニタァ、と笑みを深め、憲太郎はくるりと振り返る。機嫌よさげに周囲の不良たちを眺め、パッと手を上げる。

「それじゃお前ら、今日は始業式に出るぞ! その代わり昼飯は焼肉食べ放題だ! こいつの金で!」

 ガシッと佳代の肩を掴み、憲太郎は満面の笑みで宣言した。むさ苦しい歓声が響く中、佳代はきょとん、と彼を見上げる。

「なんだその程度か。思ったより可愛いものだな」

「おい佳代、高校生にそんな大金出せるわけないだろ! 相手何人いると思ってるんだ! っていうかこっそり酒とか粉とか盛られたりしたらどうする、最悪取り返しがつかなくなるぞ!」

「なに、心配するな。日本経済を回すためだと思えば安いものだ」

「何言ってるかさっぱりわかんねぇよ! とにかく撤回しろ、佳代!」

「そんなことより始業式が始まるぞ、皆並べ!」

 あんまりにも能天気な笑顔に、兆は思わず頭を抱える。その一本気で向こう見ずな性格は昔から変わらなくて、兆の心臓がかすかに、疼いた。

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