第38話 未知数

「──入れ」


 深夜、サンサイド総兵士団長、土の九賢者『レグルス・ネメア』の司令室兼、書斎の扉を叩く音がする。

 部屋ではレグルスが一人、机に向かって報告書の確認や書類へのサイン等に目を通していた。


「前衛兵士団長『ピスケス・レーヴァ』 総兵士団長の御命令により参上しました」


 レグルスは音の正体を知っていた。何故ならある事を問う為に、レグルス自身が呼び寄せていたからだ。


「楽にしろ 戦果の報告は既に受けたいるのだからな」


 真面目モードのピスケスに対し、普段通りで構わないとレグルスは言う。

 今回招いて理由は仕事の話ではないからである。


「……って事は私事ですか?」


「王や姫様の前では無いのだ 気にする必要など無い」


「ならお言葉に甘えて」


 ピスケスは客人用の椅子に座り、足を組んで言われた通りに楽にした。


「指示なく座るな」


「いや旦那が普段通りにしろって……」


「親しき中にも礼儀ありだ」


「なんて理不尽な」


 真面目にやれば楽にしろと言われ、お言葉に甘えればちゃんとしろと言われてしまう。


 明らかにこれはパワハラだという意思表示を示す為、ピスケスはレグルスを睨みつけるが、早々にあの厳つい顔には勝てないと諦めた。


「冗談だ」


「真顔で冗談を言うのやめてくださいよ」


「タリウスもよく言うだろ?」


「上司の分かりにくい冗談は 部下にとって地獄ですよ」


 二人は同じ九賢者という立場ではあるが、レグルスの役職は他の九賢者よりも上の役所である。


 仕事とプライベートの線引きをしているとはい、ピスケスからすればどうしても気にしてしまうのだ。


「で? オレを呼んだ理由はなんですかい?」


「単刀直入に訊こう──戦えるか・・・・?」


 ピスケスの魔力の殆どを消費してしまった事実を、レグルスが見逃す筈も無く、上官として、そして友として、突き付ける。


 勿論、それは一過性の事である。だがこの好機を敵が見過ごしたりはしないだろう。


「──痛いとこ突きますね」


「それが仕事だ」


「戦えなくは無いですよ ただ次リブラやキャンサーなんかと遭遇したら……負けるでしょうね」


 元の強さを考えれば、ピスケスが易々と負ける筈が無い。


 しかし、相手が九賢者と同じ"星の力"を持つリブラやキャンサーであれば話は変わる。今の状態で戦えば、ピスケスが確実に負けてしまうだろう。


「魔力の回復には最低一ヶ月は欲しいっすね その間オレが狙われる可能性が高い……そうでしょう?」


「由々しき事態だ」


 賢者の力は諸刃の剣である。


 宇宙に瞬く星々の加護を受ける者達の『星魔力』は、星の力を持つ者に倒されると、力を奪われてしまう。

 そうならない為に、九賢者は今までの戦いは消極的に動いていたが、これからの状況次第ではそうも言えなくなる。


「可能性の話ではあったが 既に二人 我々と同じ力を持つ者が敵に回っている」


「リブラとキャンサー……残りは『蠍座』っすね」


「未だに姿を見せないのは恐ろしいな」


「レグルスの旦那とも在ろうお方が何を弱気な事を」


 九賢者と敵の幹部二人、合わせて十一の星座が出揃った。


 最後の一枠は蠍座。その姿を見た者は居らず、何の情報も持ち合わせてはいない。


「敵か味方か……そもそも存在しているのかすら謎だ」


「最悪を想定するのが旦那の仕事 オレらは指示通りに動きますよ」


 総兵士団長に全て任せますよと、やる気の無い素振りでレグルスはピスケスに返事を返された。


「お前も口を出して良いのだぞ?」


「生憎田舎出身の一般人なんでね 王族貴族出身の人になんて軽々しく口を挟めませんよ」


「今更何を遠慮する」


 レグルスは口元を緩ませながら言う。同じ力に選ばれた者同士、各地で争いを起こす伝説肯定派に立ち向かう為に肩を並べる同志に対し、身分などのしがらみは無いのだと。


「まだ姿を見せないのは"目覚めて無い"からかもしれませんよ?」


「それは楽観視しすぎだ」


誰が選ばれるか・・・・・・・分からない・・・・・のも事実でしょ? 案外近くで眠ってたりね」


 星の力はある日突然選ばれる。何の前触れもなく、ただ自然と自覚し、己に宿った力の存在に気づく。


「あの日は驚きましたよ──オレの故郷の『アイススポット』は極寒で辺鄙へんぴなところだってのに 旦那が直々にスカウトしに来るだなんて」


「強い者がいるとの情報を耳に挟んだだけだ まさか同胞とは思いもしなかったさ」


 だから判別する事など出来ない。いつ、どこで星の力を持つ者が現れるかなど、正しく"神のみぞ知る"という事なのだろう。


 蠍座の存在は未知数であるが、今はどうする事も出来ないのだ。


「大きな戦いは暫くは無い その間にお前は休めるだけ休め」


「空いた穴はどうするんですか?」


「朗報だ エリアスの謹慎が解かれる事となった」


 以前起こした不手際の責任を取り、騎士団長であり、水の九賢者である『水瓶座のエリアス』が、前線への復帰が決まった。


 処遇に対し、不満を挙げる同盟国の者も居るには居たが、今後の戦いを考えれば、これ以上の処罰を下すのは余りに非合理的だとされ、レグルスとコルヌス国王が押し通したのだ。


「漸くか なら安心だ」


「目覚めといえば……問題児の様子はどうだ?」


「元気そうでしたよ 三日ぶりの目覚めとは思えないぐらいに」


 話は変わり、新たに遊撃兵士団への異動が決まったリンの話題となる。


 何故レグルスが気にするのには理由がある。それは、リンを移動して欲しいと進言したのは、遊撃兵士団長『牡牛座のタウロス』だったからだ。


「まさか姐さんが気にいるとはね」


「不思議な男だ どうにも捉え所がないように見えて 確固たる芯がある風に見える」


 ただの旅人であったというのに、いざリンが兵士へと入団すると目覚ましい活躍を見せていた。


 早々に成果を上げ、戦場での動きも目を見張るものがある。

 リブラとキャンサーを相手にしていながら、生き残れた悪運の強さは誰よりも評価されているのだ。


「引き抜かれたのはちと痛いですが アイツらからすれば都合が良いでしょうね」


「負担を相棒バトラーに委ねてしまうのは……何とも気のどくにも思えるが」


「二人からすればいつもの事でしょう」


 頼れる部下を話題に談笑をする二人。

 このまま酒を酌み交わし、今後の話でも進めようとした時、扉を叩く音がした。


「入れ」


「ハッ! 夜分遅く失礼しますレグルス様!」


 現れたのは一人の騎士である。レグルスが呼んだ訳では無く、ピスケスにも心当たりは無い。


「コルヌス国王陛下かがお呼びとの御命令を受けました!」


「陛下が?」


 用件は分からないが、態々騎士を使って呼びに来るという事は急用なのだろうと思い、レグルスはコルヌスの下へ向かう準備を始める。


「ありゃ じゃあ今日はお開きか」


「仕方あるまい それとも陛下も誘うか?」


「アハハッ! そりゃあ良いや! その分極上の物が飲めそうだ!」


 ピスケスは残念に思いつつも、自身の部屋へと戻っていった。






 レグルスは騎士に連れられ、コルヌスの待っているという中庭にまで足を運ぶ。


 木々や花が綺麗に植えられ、城の者の皆の心を休める憩いの場。

 何故この場に呼ばれたのだろうかとレグルスが考えている時、異変は起きた。


「──どうした?」


「ウッ……ウグッ!?」


 騎士の様子が急変したのだ。


 コルヌスの元へ案内していると突然立ち止まり、顔は青ざめ身体を震わせ、今にも倒れてしまいそうになりなりながらも、力を振り絞り、レグルスへ伝える。


「レグル……様……これ……『罠』です……!」


「どういう意味だ?」


「早く……逃げ──ッ!?」


 レグルスへ手を伸ばそうとした瞬間、騎士の身体が"弾け飛んだ"。


 血飛沫を上げ肉片を散らし、騎士であった"ソレ"は、一瞬にして死体へ変貌する。

 鮮やかに咲き誇る花々を、ただ一色、血の色に染め上げて。


「──流石の忠誠心ですね 術を破り 警告までするとは」


 木々の影から声がする。声の先を見ると、黒いフードを被り、コートに身を包む男が一人、佇んでいた。


「貴様……何者だ?」


「『スコルピウス』……"蠍座"といえば 理解できますか?」


 男はフードを脱ぎ、顔を晒す。


 まるで毒を連想させる紫色の髪。禍々しく輝かせる金色の瞳。

 薄気味悪い邪悪な笑みを浮かべ、レグルスの前に立ち塞がる。


「全く──悪い方に傾くものだな?」


 淡い期待は消え失せ、レグルスは絶望の現実を目の当たりにするのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る