第15話 アヤナ救出作戦
小の月の画伯 @samurai_artist11
『早朝散歩は、しーんとしていてちょっと寂しい。みんなはどんな景色を見てるのかな。#092』
「こんなんでいいんですか?」
単線電車のレールと、大きな木のある無人駅の写真をつけてツイートして、康博が振り向く。
「うん。たぶんアヤナちゃんは市内の子だから、見覚えのある景色がアップされてたら親近感を持ってくれると思うの」
薄暗い朝四時半の道路をペンダント型懐中電灯で照らしながら、いつきは自分のスマートフォンで#092を検索した。
早朝散歩は全員に課せられた義務だから、つぶやく人も多い。中には踏切や明け方の空の写真を載せる人もいる。
「よっしゃ、帰ろう!」
鈴の号令で、三人連れだって穂積教本院へと戻る。
昨日、康博はたらふくピザを食べ、パイドパイパーの就寝前メッセージへの返信は鈴に任せて十時に寝たから、目に見えて元気になった。
やはりマインドコントロールには睡眠時間を削るのが効果的らしい。
逆に言えば、食べて寝てをきちんとしていれば、思考がしっかりしてだまされにくくなる。
実際、昨日あれだけパイドパイパーに根拠なく怯えていた康博も、きちんと睡眠を取ると「ちょっとやそっとで手出しはされない」「霊力で体と意識を乗っ取られたりはしない」と納得できたようだ。
康博の携帯が、小さく振動した。
「あ、通知来ました」
スマートフォンを確認するのを、いつきと鈴も横からのぞき込む。
通知は、「アヤナ@この世なんて大嫌い」からの「いいね」だった。
「よっしゃ、かかった!」
鈴がガッツポーズをする。
「少なくともM駅は知ってるのね。アヤナちゃんも写真をアップしてくれればいいんだけど」
「女の子は、居住区特定されるの怖いから、あんまりしないんじゃない?」
参道の砂利を、音を鳴らしながら歩く。
神社ではなく自宅側に入り、座敷に座って足を休める。そろそろ神社の門を開ける時間だ。
「じゃあ、私はお勤めしてくるね。康博くん、ありがとう。ゆっくりしてて」
いつきが立ち上がって出て行こうとすると、康博に呼び止められた。
「このアヤナちゃんって子に、僕、話しかけてみましょうか」
康博が携帯画面をスクロールする。
「この『アンフライ食べたい』って投稿にレスつけたらどうでしょう。さっきついた『いいね』をたどって来たら、偶然同じ市内の子みたいだからつい話しかけた、って感じで」
鈴が指を鳴らす。
「いいね! 画伯、それで行こうよ」
「ぜひ、お願い」
いつきも再び康博の近くに座る。
「……アンフライ! 僕も小さい頃から大好きです。ときどき無性に食べたくなりますよねー。アンフライにつられてついレスつけちゃいました(笑)……こんな感じでどうでしょう」
「いいんじゃない?」
鈴が言うと、康博がツイートボタンを押した。しばし、沈黙が流れる。
「ま、そんなすぐレス来ないだろうし」
「最初はいいね返しだけで済まされるかもしれないし」
鈴と康博が、そう言いつつも何度も画面を読み込み直している。
アヤナの反応が気になるが、いつきは今度こそ立ち上がった。
「じゃあ、私はお勤めしてくるんで。康博くん、もうちょっとゆっくりしていってね。アヤナちゃんからレス来たら、後で教えて」
まずは潔斎をして身を清める。それから開門して、参道の掃き掃除。
ざっざっと音を立てながら落ち葉を掃いている間も、いつきはアヤナが来てくれないか聞き耳をたてた。
神殿で
父は外祭に出かけるので、いつきの今日の役目は、お参りに来られた方の対応、年祭の祝詞作成などだ。
「康博くんは、大丈夫なのかね」
父が訊ねる。昨日は、康博は神殿横の応接室で寝てもらった。
さすがに姉妹とも自室で就寝したが、やはり男性が泊まりに来たということに変わりはなく、父にとっては心配なのかもしれない。
「他人をコントロールしようとするエセ霊能力者みたいなのに引っかかって、判断能力をなくし気味だったから、今夜だけ保護したい」とは伝えてあるのだが。
もちろん、事情は西園のおばさんには内緒で、と釘を刺してある。
「もう大丈夫だと思います。ただ、同じエセ霊能力者に引っかかってる女の子がいるのですが、その子を助けるために、康博くんにもう少し協力してもらおうと思って。だから、ちょくちょくうちに来ると思いますが、変なあれじゃないから心配しないでください」
父が溜め息をつく。
「康博くんのことは産まれたときから知っているし、いつきも鈴も、きちんと育てたつもりだ。そんな心配はせんよ」
いつきが小学一年生のときに母が亡くなって以来、父は母方の祖父母の申し出も断って、一人で自分たちを育ててくれた。痩せて、まだ五十代なのにすっかり白髪になってしまった父は、それでも揺るぎない樹木のように凛と立って、姉妹を見守ってくれている。
「儂が心配しているのは、そのエセ霊能力者の方だよ。いつきは母さん似だからな」
その言葉に、いつきはどきりとした。
自分が「見える」ことを父に言ったことはなく、むしろずっと隠していたからだ。
母が「見える人」だったことは、父も当然知っていただろう。
母は近所の人にも、心眼を持っていると言われていた。信者さんの大病を、何度か見抜いて病院に行くよう助言したからだ。
だが、いつきにそこまでの能力はないし、思春期以降はフィルターをかけて目をふさいでいたから、見えない人とほぼ変わりなかったはずなのに。
「母さんが生きていれば、アドバイスもできたんだろうがな。儂は、鍛えても見る能力が育たなかった」
やはり、父は知っていたのだ。
「いつきが、何に苦労して何を怖がっているのか、わかってやることはできない。正直、儂に理解できないものに立ち向かって、いつきが危険な目に遭うのは嫌なのだよ」
突然死んでしまった母のことが、いつきの脳裏に浮かぶ。
母はきっと、あの半紙を顔につけた者に命を奪われてしまったのだ。
そして父も、薄々それに気づいている。
「はい。十分注意します」
父は大きくうなずくと、紫の袴をひるがえしながら言った。
「もし助けが必要なときは、必ず言うように。一人で抱え込んではいけないよ」
外祭へ向かう父を見送り、社務所で
「やったよ」
「やりましたよ」
妙に息の合ったコンビが、嬉しそうに入ってくる。
「アヤナちゃんからレスあったの?」
いつきの両脇に、鈴と康博が陣取る。
「あったあった!」
「ありましたとも」
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