第15話



 俺は大金をマジックポケットに詰めて、奴隷商人の店へと向かった。


「――いらっしゃい……おや、これは」


 店の扉を開けると、黒メガネをかけた小太りのおじさんが出てくる。あの奴隷商人だ。


 父親と取引しているのだから、きっと俺が神託の後どうなったのかも知っているはず。


 ――実家を追放された外れスキルの持ち主。


 そう内心で嘲笑っていることだろう。


「これはこれは、一体何の用でしょうか――レイ様」


 ――俺は交渉負けしないように毅然と答える。


「奴隷商人の店なのだ、用件は一つに決まっているだろう」


「となりますと……お金が必要になりますが、お持ちで?」


 疑う奴隷商人に、俺は有り金を見せつける。


「これでどうだ」


 マジックポケットを取り出し、中から金貨を掴んで机に出した。


「それは……マジックポケット。そして金貨まで……。ふむ、もしかして公爵様と仲直りされたのですか?」


 なるほど、奴隷商人がそう考えるのも無理はない。


 外れスキルの持ち主が、まさか自力でマジックポケットや金貨を手に入れるはずがないと思うのは当然だろう。


 俺はあえて答えず、そのまま話を続ける。


「とにかく、奴隷を売ってくれ。予算はかなりある」


「それは素晴らしい。では、早速ご案内しましょう」


 俺を追い出したレノックス公爵と親身にしている男だ。もしかしたらそもそも取引してくれないのではと思ったが、杞憂だったらしい。


 奴隷商人に引き連れられ、地下室へと入る。

 この地下室のジメジメとした感じは、何時来ても慣れるものではなかった。


 少し歩いていくと、すぐに――あの少女を発見した。


 クワガタと人間のキメラ。

 頭に生えている二本のツノに、茶色の皮膚が特徴的だ。


 前に来た時より、さらに弱っているように見えた。

 檻の中で、壁に背を預け、虚ろに地面を見ている。


「――あの子だ」


 俺が言うと、奴隷商人は驚いた様子だった。


「あの虫けらを? これはまた奇特な方で。いや、まぁ売れ残っていたところで、売れなければ<処分>しようかと思っていたくらいですからありがたいですが」


 <処分>なんて言う言葉を平気で使うことに吐き気を覚えたが、しかしグッと堪える。


「それで、いくらで売ってくれるんだ?」


 俺が言うと、商人は一瞬考え込む。


「……50万ゴルでは?」


 直感的に、ふっかけられていると理解した。


 だが、こちらに選択肢はない。

 別にお金には困っていないので、いくらでも出してやろう。


 俺はすぐさまマジックポケットから金貨を取り出して、商人の前においた。


「これでいいか?」


 商人はそれを見て目を見開く。まさか本当に金貨が出てくるとは思わなかったのだろう。


「……ええ、もちろんでございます。お買い上げありがとうございます」


 金貨を受け取ると、商人は牢屋の鍵を開けて、少女の前に行く。


「さぁ、立て。新しいご主人様だぞ」


 声をかけられ、少女は商人の方を見た。続いて俺の方を見る。


 少女は見るからに弱っていて、すぐに立てるかどうかも怪しかった。

 

 俺はポケットからヒールクリスタルを取り出して少女に使う。


「旦那様。こんな虫けらに高価なヒールクリスタルを? またまた奇特な方ですな」


 奴隷商人が横で何か言っているが無視する。


 少女は、クリスタルの力で少し元気を取り戻したのか、表情が和らいだ。


「……ありがとうございます」


「ああ。立てるか?」


 俺が聞くと、少女は頷いて、ゆっくり立ち上がった。


「世話になったな」


 俺はそう言って奴隷商人に声をかけ、少女とともに見せる出た。



 †


 奴隷商人は、レイが店を出て言った後、ポツリと呟く。


「……あの<外れスキル>の追放者が、あれほどの金貨に、マジックポケットまで持っているとは」


 レイが父親から実家を追放されたことは当然知っていた。

 だから、お金やレアアイテムは、父親から手に入れたものではない。


 とすると、ダンジョンで手に入れたのか。


 奴は外れスキルの持ち主だ、並みの冒険者程度の実力者しかないに違いない。

 A級は愚かB級のダンジョンも攻略できまい。


 きっと、低ランクのダンジョンで、ものすごい「幸運」に見舞われてレアアイテムをドロップしたのだろう。

 外れスキルを授かった後なのだ、それくらいは運が向いていてもおかしくはない。



 ――いずれにせよ。


 マジックポケットは市場にもほとんど出回らない超レアアイテムだ。


 だから、奴隷商人は思った。


 あのレアアイテムは、奪ってしまおう。


「ふひひ。私の代わりに手に入れてくれてありがとう」


 そう暗がりで呟いたのだった。

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