第26話 寄り添う

「それで、歌う花を作る手伝いをしてるんだけど、ちょっと途方に暮れててさ。ノエル自身は、音楽家としてなにか形のあるものを残したい、って言ってるんだけど、それをどう歌う花と繋げればいいのか……」

「ふうん。主目的は『残す』か『花』か『伝える』かどれだろうなあ」

 なるほどとジリアンは頷く。昔から歌う花の構想はあったというけれども、家族を失ったことが実現への強い動機になったのは想像に難くない。

「たぶん、ご家族に心残りがあるんだと思う。言えなかった言葉とか、手遅れであっても伝えたい気持ちとか……。僕だって、叶うならきみに何か気の利いたさよならを言いたかったもの。自己満足だってわかってるけど、まあ、勝手なものだよね」

「『残された』と『残した』は鏡写しだよ。僕はさ、ジリアン、きみを残してったけど、きみに残されたとも言える。これまで知らなかっただろ、僕の存在。さよならなんかじゃない。こんなに近くにいたのに何もできないって、すごくつらいの、わかる?」

 はっとした。彼がずっと第二の心臓にいて、ジリアンとともに人生を歩んできたのだとすれば。何もかも知っていたなら。

「責めるつもりじゃないんだ。ジリアンは何も悪くないし、僕の人生じゃないし、思い通りにしようなんておこがましい話だよ。でも、だからさ、色々あったけど、ここで穏やかに過ごしてくれてるのが嬉しい。きみが嬉しければ僕も嬉しい。物理的に寄り添える体が欲しいって思ったときもある。そうすれば僕が楯になってあげられたんじゃないかって。そんなふうに誰かの希望になるなら、救いになるなら、言えなかったことを音楽のかたちで花に託すのはいいかもしれない」

 押しつけになるのはまずいけど、と頷き合う。

「じゃあ、鉢植えとか花束とかじゃなく、種のままで贈るのはどうかな。歌を聴きたいと思えば植えればいいし、不要なら捨ててしまえばいい」

「そうだね」

「伝えたい歌を種に記録して、促成の魔術を込める。……でも、これだとレコーダでじゅうぶんなんだよね。もっと他に何か、魔術ならでは、歌う花ならではの要素を」

「ジリアン」

 兄の声に、独り言を止める。彼は雲行きの怪しくなってきた空を見上げ、唇を歪めた。

「ここは学院じゃない。採点されないし、テストもない。魔術だとか術式だとか知らなくても、昔は自由に魔法を使えてただろ? 思うままに楽しんでただろ。魔法はなんでもできる力だ。頭でっかちになっちゃいけない。常識だとか思い込みだとか、一度ぜんぶ捨ててみたら? 穴を抜くから、リングドーナツはできあがる。グレーズをかけるのは最後の仕上げだ」

 ルシアンがにい、と笑みを浮かべた途端、冷たい風が吹いて、邂逅の場は幕を閉じた。納屋の開け放たれた戸口から斜めに傾いだ陽が射し込んで、冬と土のにおいが入り交じる。立ち上がりかけた膝から、ストールがするりと落ちた。

 ――ルシアンは、言えなかった言葉をくれとも、言いたいことがあるとも言わなかった。彼に、歌う花は不要なのだろうか。それともこうして話しているのが花の代わりなのだろうか。

 ディディエのドーナツを買いに行こう、と思った。ルシアンもきっと、彼のドーナツが好きに違いない。

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