第7話 秋は夕暮れ

 折り入ってとは何事か。緊張するジリアンの先をゆくノエルは玄関を出て、納屋の鍵を開けた。舞い上がる埃がきらめく。

 納屋には土いじりに使う道具、肥料のほか、工具や古ぼけた自転車、ホースやバケツ、掃除用具をまとめて保管している。整頓が行き届いているとは言い難い。

「きみは大学で魔術を学んでいたそうですね……大地属性の」

 確かに、学歴としてそのように書いたけれども、まさか今になって言及されるとは思わなかった。世間話でもあるまい。

「退学になりましたので免状も杖もありませんが、まあ、そうです」

「後期課程まで進んだのでしょう。学んだ魔術を行使しても罪にはなりませんね」

「ええ。……畑の土の改良ですか、それとも害虫避けの術式を施しますか」

「いや、歌う花を作る手伝いをしてほしいのです」

 はあ? と遠慮のない疑問が声になった。咲いた花に歌わせるならそう難しくないが、種として「歌う花を創る」なら厄介な話だった。新種の創造は、企業の法務部とお抱え魔術師が申請し、魔法省が詳細な検討を経て許可を下すものだ。ジリアンのような、厳密には魔術師ですらない人間が手を出して良い領域ではない。

 ジリアンはそのあたりの法律を噛み砕いて説明した。とても難解な魔術であること、生態系への影響を無視できない、新種の創造は安易に行ってはならないこと、無許可で進めるのは違法であり、ふたりとも罰せられる可能性があること。

「害虫に強い小麦を作るとか、乾燥や寒さに強い稲を作るとか、そういった品種改良と魔法生物とはまったく違うんですよ」

 ノエルはうっそりと笑い、「種ならもうあるんです」と戸棚を指さした。

「私にも、少しばかり魔法の力があるんですよ。専門教育を受けていないので、上手には使えないのですが。歌う花の構想は若い頃から持っていて、音楽と関わる場では花の種をポケットに忍ばせていたんです。私の音楽が、種に作用するように」

 ノエルは種を見せてくれた。何らかの魔力を感じるが、必ずしも花に魔法が宿っているとも限らない。込められた魔法を確かめるには植えるほかなかろう。

「種はできましたが、咲かないのです。発芽しない、立ち枯れる、蕾がつかない。これが歌う花なのか確かめるために、色々と条件を変えて試してもらうだけなら、魔術の違法使用には当たらないのではないですか?」

 違法ではないが、きわどい行為ではある。もしもこれが本当に歌う花だとして、新種を創ったノエルの傍らにもぐりの魔術師がいれば、世間は疑いの目を向けるだろう。

「……歌う花が出来上がったとして、ノエルは僕になにをくれますか」

 悪意の棘をまぶして、ジリアンは問うた。

 兄の不在に落ち込む母にはどんな言葉も通じず、父は家を空けがちになった。教授は魔術の実技課題でたびたび補習を命じ、そんなのじゃ単位はあげられないな、と体を寄せてきた。片割れの喪失は両親への失望に変わり、教授への恐怖は諦めに育った。

 大人に抗うよりも、我慢し耐え忍ぶほうが、痛みはいくらかましだとジリアンは学んだ。彼らの背後、窓越しに見た空も無慈悲だったが、少なくとも公平ではある。

「確かに、何をどうしたってきみの立場が危ういことに変わりはありませんね。庇いきれるとも断言できませんし。特別手当……で釣り合うのかどうか……」

 ノエルは眉尻を下げて唸った。その悩みは、保身でも強欲でもない。

「いいえ、いいえ! そんなのじゃないんです。違うんです。いりません、手当なんていりません……!」

 ノエルは黙って肩を抱き、ハンカチを貸してくれた。

 秋の空は昔と同じ、不気味なほど紅い夕焼けに染まっている。

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