魔王様の側近をクビになった俺は、王子を勇者に、王女を聖女として育てる事になりました。

九十九沢 茶屋

プロローグ 1

 ──それはまさに、青天の霹靂だった。



「ハエレ、お前はもういいや」

「……? 何がでしょうか?」

「だーかーら、もう俺の側近として、いなくていいって言ってんの。クビだよ、クビ」


 今日も今日とて、大量の仕事を処理していたら、突然そんな声を掛けられて、ペンを持つ手が、止まってしまった。


 俺は……いや、私は作業の手を、一旦止めてゆっくりと顔を上げると、魔王様の顔をマジマジと見つめた。


 ……今、耳を疑う言葉を、言われた……気が、する、けど。

 いや……そんなまさか。


 俺は、冷めてしまった紅茶の残りを一気に飲み干す。

 魔王様は、先程の言葉を告げてから、何も言ってこない……まさか本当に?


「あの、魔王様? クビとは……まさか、解雇とか仰ったりは、しません……よね……?」

「……。え、逆に、そのクビ以外に何があるんだ?」


 何で「え、そんな事も分からないの?」みたいな顔をされなければならないんですか。

 言われた意味が分からないから、聞いているんです。


 魔王様は首を傾げると、ワインをグイッと飲む。

 一応、今は魔王様も、政務をしなければならない筈の、お時間なのですが……いや、今更なんですけれども。


 ハァ、と私は息を吐く。


 と言うか、今も魔王様の仕事を、代理で全て処理をしているのは、私なんですが。


 私がいなくなった後、魔王様は、こちらをお1人で、処理出来るのでしょうか……。


 これもまた、いつもの、突然思いついた遊びの1つなだけなら、いいんですが。 

 

 突然の解雇宣言に、私はどうしたものかと、再度ハァと息を吐いて、軽く額を抑えた。

 あぁ、最近寝てないから、頭がクラクラする。


 そんな私を見てクスクスと軽やかな、けれどもどこか、粘り着くような雰囲気を持った笑い声が、耳に届いた。

 耳障りなその笑い声が、どこから聞こえてくるかなど、場所は探すまでもない。


 魔王様の膝の上に座り、首に右手を回し、左手は魔王様のダークレッドの髪を弄り続けているソレは、魔族のサキュバスこと、ペルプランドゥスだ。


 彼女はサキュバスなだけあって、豊満な肢体は勿論の事、切れ長の、細い釣目りで魅了の魔力を備えた真紅の瞳、口元のホクロと赤い口紅、ウェーブのかかった腰まで届くライトブラウンの髪、漂わせる甘い香水の香り、肌を極力隠さない黒の衣服等々。


 自分の長所を、余す事無く活かしたその外見は、人間だけでなく、魔族すらも、あっさり誘惑の手に堕ちる者が多いのは私もよく知っている。

 えぇ、私も魔族ですから、それはもう、よーく存じ上げております。


 ですが、魔王様。

 貴方がその魅了にかかって、どうするんですか……。


 下半身が緩いユル男なのは、それはもう長い付き合いで、分かってはおります。そこはもう、矯正しても治せない病みたいなものなのでしょう。

 ですが、それにしたって、いくらなんでも、あまりに情けない話ではないですか。

 先代魔王に向ける顔が、ございません。


「ま、そんなわけだからさ。今度から、ハエレのやっていたことは、全部ペルプラに、任せる事にしたから」

「は!? ちょ、ちょっとお待ちください、魔王さ」

「あらあら、ハエレティクス様。お見苦しいのでは無くて?」


 私の言葉を遮って、ペルプランドゥスが、会話に割り込んで来る。


「魔王様の言葉は、我ら魔族にとって、絶対的なお言葉。それに逆らうなど、不敬に値しますわ。ねぇ、魔王様?」

「その通りだな。流石は、ペルプラ。余の言いたいことを良く分かってくれている」

「ふふふ、愛しい魔王様の事は、お分かりになって当然ですわ」


 2人は私が目の前に居るにも関わらず、口付けをしていく。

 ソフトなキスから、やがて舌を交わるまでの、深いキスまで移行するのには、そう時間が掛からなかった。


 あろう事か、そのまま魔王様の手は、ペルプランドゥスの、下着に近い服をはだけさせていき、胸や腿を弄り出していく始末。ここ、執務室なんですけどね。


 ……盛るのは勝手ですが、せめてTPOは弁えて頂けませんか。

 あぁ……そうですよね。そんな気遣いが出来るなら、私をクビにして、この女を後釜になんてしないですよね、えぇ。


 このまま、事に至るのを見せ付けられるのも困るなと、さて、どうしようかと思った所で、2人は行為に浸るのを、一旦やめてはくれましたが。


 触れるだけの行為だけで、ひとまず満足したのか、私がいるのを思い出したからなのかは、分かりませんけれども。


 しかし、こんなのを私の代わりに側近にするなんて……。

 ペルプランドゥスは、私のしていた仕事を、こなせるのでしょうか。


 私の仕事は基本、邸に帰れるなんて事はなく、ここでの寝泊まり食事は当たり前です。

 睡眠だって、ほとんど取れません。人間と違い、ロクに眠らずに働き続ける事は、出来ますが。最後に横になったのは、3ヵ月程前でしたでしょうか。


 おかげで目のクマは消えず、視力も落ちる一方。

 今ではもう、メガネがないと、生活に支障が出る位のありさま。もはやメガネ本体と言っても、過言ではございません。

 お金はあっても、使う時間も、余力もろくにない、そんな生活です。


 気がつけば、既に200年以上、そんな状態のまま、時が経ってる有様です。


 自分磨きにしか余力のない、ペルプランドゥスに、失礼ですが、この仕事をこなせるとは、到底思えないのですが……。


「とにかくだな、ハエレ。さっきも言った通り、お前はクビだ。これはもう決定事項で、覆せないからな」

「……」


 面倒と言わんばかりに、魔王様が低い声で私の名前を呼ぶ。


 私が側近としてここにいる事は、もう出来ないのだと、そう告げてくる魔王様。


 あぁ、これはもう、何を言ってもダメなパターンですね……。

 逆にここで、私が強く、何かを言えば言うほど、意固地になってしまい、より意見を通すだけでしょう。

 付き合いが長いだけに、魔王様の行動パターンは、熟知しております。


「……かしこまりました」


 父や祖父、曾祖父等、長く代々の魔王様の側近として、仕えてきていたので、申し訳なさが強いですが、今は何を言っても逆効果です。


 一旦はこの場は素直に頷いて、後で色々と処理を行うしかありません。

 ……と、そう思っていたのですけれども。


「んじゃ、お前は人間界に追放ね」

「は?」


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