チンドン屋 2・5代目

QCビット

第1話  春の恒例行事とチンドン業

「君、君」と改札の職員に呼び止められていたのは、例によって幸子だった。新学期に入り、鉄道の職員も新人さんが入って来たようで、

「この定期の名前、女の子の様だけど、・・・」職員の詰問に、例によって鋭い眼光を返す幸子だが、事の成り行きを見守っても面白そうだったのだけれど、今日は朝から講義が詰まっていて、一寸忙しい。このまま、無視を決め込む手も有りかなと、そんな思案が頭をかすめた瞬間に、幸子が珍しく悲哀に満ちた眼差しを僕に送った。これも新学期特有の恒例行事みたいな物なのだが。どう見ても、美少年には見えるけど、美少女には見えない僕の幼馴染を、新人職員は勘違いしている。たしか、去年は幸子の身元を確認するまで小一時間はかかっていた。

「薫、定期間違ってるわよ!」そう言いながら、幸子に僕の定期を渡して見せた。

新人職員は、ほぼ女装姿の僕と幸子を見比べてから、事態をさも納得したかの様に、改札を通過させて本来の業務に戻っていた。

「余計なこと!明日は如何するんだよ?もっとも明日は講義無いけどな。」突慳貪に幸子が喋った。

「ちったー女らしい格好しろよ。」との僕の苦言に

「お前見たいなオカマ男に言われたくねーな!」幸子は何時もの言い回しで応答した。

「しょーがねーだろう、これは、お仕事なんだから。」

「お前、高校の時はまだまともな格好してたが、大学になった途端にその身なりかよ!」

「身なりの事を、幸子に言われる筋合いは無いと思うがな。」

僕は、別にスカートを履いていたわけでも無く、赤めのジャケットと白のスラックスの姿だった。ただ、この所伸ばした髪は肩まで来ていた。これも、行く行く日本髪を結うのに役立たせるつもりだっただけである。我が家の商売は、三代続いた所謂チンドン屋である。西洋なら差し詰めハーメルンの笛吹き隊と言った所だろうが、日本の場合はそんなにカッコ良いものではない。ともかく目立つことが最優先で、昔からの奇抜な格好も王道ではあるが、人目を引くと言う点では、妖艶な女形も人気があった。

若い頃の、うちの爺ちゃんは、近隣では一寸は知れた女形で、よく芝居の一座から声がかかってくる位いだったのだが、流石に年には勝てず引退している。そんな爺ちゃんに小さいころから仕込まれたせいか、女装する事には抵抗がなく、身なり仕草もそれなりこなせるようになってしまっていた。そんな経緯からか子供の頃は、当然の事の様に近所の悪がきや学校の同級生に、からかわれたり、いじめられたりしていたが、大体そんな時に現れてくれたのが幸子だった。幸子とは同じ長屋の端と端の隣同士で、長屋の中央二件をうちの商売用に倉庫や事務所として使っていたのだが、年も同じせいか小さいころから良く遊んでいた。僕の記憶では、その頃の幸子は普通の女の子だったと思うのだが、僕の女形に磨きがかかるのと反比例するように、幸子が男ぽくなっていったような気がするのだ、最も本人は別に意識していないらしいが。幸子とは小中と同じ地元の学校に通った上に、当時この地域では数少なかった、男女共学の高校でも一緒だった。流石にこの先はもう無いだろうと思っていたのだが、学費やら通学やらの条件を考えると必然的に方向が決まってしまうためか、大学まで一緒になってしまった。まーそこまでは、良いとして、学部まで同じにする事は無いだろうと思うのだ、しかも女気のない工学部なんて。

そんな訳で、入学したての頃は、事情を知らない学生が、男と思っている幸子のところにやって来て

「君といる、あの背の高い娘て兄弟?今度紹介してくんない。」などと声をかけるのも目ずらしく無い程なのだ、多分、これも偶然なのだが、幸子とは苗字も同じ佐藤だったためだろう、最も僕の方は普段は屋号の鐘屋で呼ばれる事が多いけど。その時の幸子の応答は、諦めたような眼差しで

「やめときな、がっかりするだけさ。」で終わっていた。

二年生ともなると、僕らの存在を見慣れたせいか、僕の巧妙な作戦が効をそうしたのか、僕へのチョッカイは少なくなっていた。幸子が居るときは基本的に大体何時も一緒にいるようにしたので、何だかんだと言う男共は近寄って来ない。でもたまに、一人で講義に出ていると白々しく言い寄る学生に対しては、得意の営業スマイルで応答し、さり気無くかわす事にしていた。別に僕が男だとバレても一向に構わないのだが、高校と違い出席を呼んだり名札を付けたりしないためか、個人の特定にはそれなりに親しい関係にならないと分からない面があった。僕はその事を利用して少し楽しみながら、学生生活を送っているのだが、果たして幸子がそうなのかは分からかった。この時点でも美少年には見えるが、美少女には見えない幸子を、周りは、唯一の彼女兼友達が僕ぐらいなのだろうと思っているようである。

そんな幸子の近況は、この所始めた早朝のバイトのために、僕が彼女の母からの弁当を届けるのが日課になっていたある日、図書館脇の芝生内に設置されているベンチで何時ものように、幸子を待っていると、(ああ、これは当然ながらおばさん(幸子の母)は僕の分の弁当も作ってくれている)。高校時代のクラス委員長の様な雰囲気を漂わせた女性が近づいてきた。何度か講義で見た顔であるが名前は知らない。

「佐藤さんですよね?私、三芳て言います。もう一人の佐藤君からの紹介でご相談したい事が有りまして!」丁重な言い回しで、挨拶してきた三芳嬢だが、僕らの正体は理解していなかったようである。

「ああ、これからお昼ですか?そう言えば、彼氏さんはまだ来ないですね。お邪魔でしょうから手短にしますね。こんど、新一年の歓迎会を催したく、ご協力願えればと思いまして!」

(大学生にもなってそんな事やるのかよ)と内心思ったが、例の営業スマイルをにっこりと返すと

「佐藤君にも声を掛けたら、佐藤さんは楽器が出来るとかで…」

(幸子め、余計な事吹き込みやがって)

ここで、正体をバラシ、お望みならば、うちの一座でも引き連れてこようかとも考えたのだけれど、幸子の意図が分からない時点で、下手に動くのは止めておく事にして、三芳嬢曰くの彼氏さんと相談させてもらうことでその場をやり過ごした。この大学は、教養課程の一、二年と専門課程の三、四年のキャンパスが別れていた。そんな訳で、新一年は必然的に二年が面倒を見る仕組みになっているのである。三芳嬢はあれこれと資料を置いていってくれたが、見る気もしないまま時間が過ぎ、僕の講義が始まる直前になってから、やっと幸子が現れた。

「おせーよ!」僕の一声にフンとした顔をしながら、差し出した弁当を受け取った幸子を横目に、僕は教室へ駆けだしていたため、結局、その日は幸子とまともに話す事もなく終わってしまった。そして、週末は何時のもように家業の手伝いが待っていた。

週末のお仕事は、郊外にできた大型のステーションモールで、中庭を兼ねたステージに同業者が二組いてお互いの掛け合いで、それぞれの箱ネタを演技するような段取りで進んでいた。

「薫ちゃん、ここん所、ぐーと色っぽくなったね!」喜んでいいのか、やっぱり素直には喜べない状況であるが、と声を掛けてくれたのは、爺ちゃんの若い頃の弟子の一人だった、鈴屋のリンさんだった。

興業が一段落して、三々五々休憩に入った頃であった。

「薫ちゃん、T大に行ってるんだって、ていしたもんだ。こん度うちの娘の勉強を見てやってくんねーかな。」

「ええ、でもそれなら幸子の方が良いでしょう。僕と同じ大学だから。」

「さっちゃん、さっちゃんも同じところかぇー。それもてーしたもんだ。あんたら兄弟見てーなもんだからな。うちのも、もーちっと賢きゃー良かったんだが。親に似ちまってよー」リンさんの屈託の無い話は、久しぶりだったためか新鮮に感じられ、昔の爺ちゃん様だった。

「さっちゃんも、ちったー女ぽくなったかい?」

「それが全然、最近は何だかロックギターをやり始めた様で、益々男に磨きを掛けてますね。」

「ロックてあのギンギンガンガンてやつかね。」

「まあーヘビメタ系じゃ無くてもう一寸大人しいやつかな。」

「薫ちゃんはラッパが得意だったね。たまには、コンサートとか言ったけか、出てんのかい?」

「うーん、ここんとこ、ご無沙汰ですかね。」

そんなリンさんとの会話が引き金になったのか、久しぶりにラッパが吹きたくなっていた。

後半の興業が終わると、黄昏時の夕焼けがモールの屋上を染めていた。

化粧を落とした後、意を決して閑散としたステージに再びあがり、トランペットを吹きはじめると、再び集まり出した観客以外に、所謂ラッパ組が一人二人と参加して来てくれた。アニメソングからジャズ、最後はクラッシックとなり、(トランペット吹きの休日)でお開きにした。

「鐘屋の薫ちゃんか、今日は楽しかったよ、また機会があればやろーよ。」何人かのラッパ組に声を掛けられて、僕はかなり有頂天になっていたためか、目の前に居る見覚えのある顔に気付かずにいた。

「やっぱり、お上手だったんですね。」そう声を掛けて来たのは、委員長こと三芳嬢だった。

僕は、化粧は落としたもののまだベルバラの衣装のままだったが

「佐藤さんて、男の子?薫さんて言うんですか?」

「ははー、解りました? 別に隠していた訳じゃないですが、商売柄そんな風に振る舞うのが癖になってまして・・・ちなみに、何時も一緒いる佐藤君は、実は女です。」

「ええ!・・・・でも分かる気がする。あまり話した事なかったんですが、この間、あっそう薫さんにも同じお願いしましたけど、その時に大学生にもなってもこんな可愛い男子が居るんだなぁて感じたんですよ。私、四人姉妹の二番目で上も下も女ばかりなんで、あんな可愛い弟が居たらと思ってたんですが、一寸残念です。」三芳嬢は、僕が想像していたイメージとは違い、なかなか気さくな人だった。結局あの時渡された資料を何も見ていない僕を責める事もせず、催し物の計画内容を懇切丁寧に説明してくれた。幸子とは違う、女性特有の優しさが漂う彼女にふと、母の面影をダブらせている自分に気がついた。

「お仕事の後なのに、長い事お話してしまって、申し訳ありません。」

「いえ、あとは適当に帰るだけですから・・・あっ良かったら、この後、寄り合いで夕食を取る事になってるんですが、・・・」

「え、お誘い頂けるんですか、光栄ですわ。ぜひ!」

「馴染みの居酒屋さんなんですが、大丈夫ですか。趣味が違うかもしれないので・・・」

「大丈夫です。良く姉に連れられて色々な所に行ってますから。姉は凄い呑べなんです、だから何時も私が介抱役なんですが。」

僕らは、リンさん達とは別に、ラッパ組の男女数人と共に馴染みの元割烹だった竹林亭へ向かった。

「僕の爺ちゃんが若い頃には、結構流行った割烹料理屋だったんです。小さい頃から良く連れてこられてて昔は芸子さんなんかも居たんですよ。」

僕の話を、呆然としながら聞いていた三芳嬢だったが

「凄いお店ですね、姉と行く所とは大違い。」

僕らは、何時もの部屋に通されて、みんな勝手知ったる様に、定位置に陣取り料理の品定めを始めた。三芳嬢が僕の右隣の空席を覗き込んだので、

「ああ、ここは、幸子いや佐藤君の定位置でして、もうじき来ると思いますが。」

「あの方、幸子さんてお名前なんですか。」くすりと笑いながら、

「でも、あの方にもお会いできるなんて、今日は幸運な日ですわ。」

「何だか、珍獣にでも出くわした様ですね。」

「ええ、一年越しの謎が一挙に解け始めたようですわ!」

「謎?」

「お二人の、謎のお二人のね。」

「へー、僕らってそんな風に見えてましたか。」

「別に、へんな意味じゃありませんわよ。あの大学て個性の強い人が多いような気がするんですが、その中でも、一寸変わったカップルさんだなて思ってたんです。可愛い弟さんと面倒見の良いお姉さまと言った感じですか。」

僕の失笑にきょとんした様子で

「やあ、失礼しました。幸子が聞いたら怒り出すかなと思って、あいつは自分が姉だと思ってますから。」

「姉」

「生まれは、あいつの方が数ヶ月早いので確かに、年上では有るんですが、僕が小さい頃は良くあいつに助けられていたもんで、虐めっ子共からね。」

「薫さんが虐められていたんですか?」

「ええ、僕はあまり気にしていなかったですけど、小さい頃から爺ちゃんに女形仕込まれていたんで、おんなおとことか何とか言われてからかわれていたんです。そんな時、よく幸子が助けに来てくれたと言うか、あいつの啖呵を聞くとみんな逃げ出しました。」

三芳嬢は、関心した様に

「幼なじみさんですか。」

「ええ、そうですね。訳あって父親が居ないですが、何かの縁で爺ちゃんが面倒見る事になり、うちの長屋に住み着いたんです。僕も幼い頃に母親を亡くしていたんで、近所同士で兄弟見たいに過ごしてました。ああそうそう、ここの女将は、母の姉に当たる人なんです。それで何かとこの店は都合が良いんです。」そんな側から、女将がお作りと定番の酒を持ってきた。

「今日は、九州の焼酎が入ったから・・・あら、珍しいわね、綺麗なお嬢さんね。こちらわ?」

「大学の同級生で、三芳・・・」

「始めまして、三芳綾佳と申します。今日は、偶然にモールの催しものでお会いして、厚かましくご一緒させて頂きました。」三芳嬢は、若干緊張した様子で、女将兼叔母に挨拶していた。

「さっちゃんがくれば、両手に花ね、薫ちゃん!」叔母は、茶化した後、てきぱきとみんなの注文を取り出ていった。掘りごたつ状の長いテーブル越しに、自慢の竹林が風に揺れていた。四月の末とは言えまだ夜になると少し寒く、床暖房の温もりがありがたかった。昔からの板長さんが年で引退してから、割烹としてはやって行けなくなり、一時は店を畳む事も考えたらしいが、店内を模様替えし居酒屋として家業を継いだ竹林亭であった。僕も縁がある店なので、それなりに、知り合いに紹介して、来てもらうようにしていた。まあ、そのためと言っては大げさだろうが、結構繁盛するようになり、ドクターストップが掛かっている爺ちゃんの代わり、僕が様子を見に来る事が多くなっていた。当然、その時は、幸子が一緒で、酒の飲めない幸子は、勝手に厨房に入り、好きなおかずを作っては食べていた。意外にそれが好評だったりするのだが。

「所で、幸子に目を付けたのは何故ですか?」

「私の中では、まだ佐藤君でしたが、ギターケースを持っている所を見た事があって…それで声を掛けてみようかと思っていたんです。それに、謎のカップルのお一人でしたから。」

「ほうーそれで、あいつ何て言ったんですか?僕に話しを振った理由なんですが。」

「修行中だから、まともな演奏ができるかどうか分らないが、と言う条件付で承諾頂ました。そして、プロに近い人物として、佐藤さん?何時も居るあいつならいい演奏ができるて紹介頂いたんですよ。」

「ふんんー、幸子は今三味線組み、ああ、弦楽器担当の人達のことですが、とバンドを組んでいて、独自に練習してまして、今日参加してくれたラッパ組みみたいにね。この商売、チンドン屋のことですが、自分の芸と客との距離が近いので反応が早くていいんですが、何せ落ち着かなくて、だから、少し落ち着いた環境で演奏したいって気になるんですよ。それに、この商売だけでは食っていけないですしね。そんな事もあって、アルバイト的な副業もと、模索している訳です。うちの親父なんて、一切家業を継がず、高校教師をやってますけど。僕は、そのせいといっては語弊があるかもしれないけど、小さい頃から爺ちゃんに目をつけられて仕込まれたって感じですかね。僕の場合は、それが性に合っていた訳かな、だから未だにこんな格好していても抵抗が無いんですが。」

「あのー、立ち入った質問をしても宜しいですか?」

「はあ…まあ、答えられる範囲なら。」

「薫さんて、男の人が好きとかじゃぁ無いですよね。」

「はああ、そうですね結構言われる質問ですね。なんて答えようかな…実は、」僕は少し間を置いてから

「普通の男です。同性より異性のほうが好きですよ。あなた見たいなタイプは興味をそそられますね、一寸訳ありでね。」三芳嬢は一瞬顔を赤らめて

「光栄ですわ・・・実は、薫さんの事、前から知ってました。と言っても、はっきり分ったのが今日ですけど、高校時代に何度と無く見かけています。体操服を着た南校の人が、改札の職員と大喧嘩していた時、一生懸命仲裁に入ってましたわよね。私と逆方向の電車でしたから、大学に入ってからは、確かに詰襟の学生服だった人だと思いながら、人違いかなて気がして。」

「確かに、高校じゃこんな格好させてくれませんしね。」

「それと、よく髪の長い女子と一緒に居ましたよね。たしか、南校の生徒さんだったと思いますが。」

「ああ、雪乃でしょう。妹です。」

「なるほど、それで、今の薫さんのイメージとダブル訳ですね。」

「まあ、でもオリジナルは僕の方ですよ。衣装やらアクセサリーのお下がりは妹に行きますから。あっそうだ、今度の一年だから、確か教育学部で、三芳さんの後輩ですね。」

「ええ、そうですか!それは楽しそう、早速見つけなきゃ。」

「あいつが来るとまたややこしいことになりそうなんですが…」

三芳嬢との会話が進み、食事も半ばが過ぎた頃、幸子がやって来た。幸子は三芳嬢をチラリと見てから所定の位置に座った。予め、女将(叔母)に注文していたらしく、出された食事を黙々と食べ初めていたが、三芳嬢からの挨拶に儀礼的に対応した後、差し出されたアルコール飲料を飲み干した。僕は、この時点で、ドキリとして

「幸子大丈夫か?それ、結構強いぞ!」既に、飲み干して空になったコップを押さえている自分の手に、キョトンとした三芳嬢の視線が注がれていることに気づいた。

「こいつ下戸なんですよ。」

「ええー、御免なさい。大丈夫ですか?」

「今日は、薫に介抱してもらうから。」と言うニヤリと笑った幸子を横目に、僕はどうにでもなれと投げやりな気持ちで、再び三芳嬢と話始めた。幸子は、一頻り仲間達と騒いだ後沈黙した。

「幸子さん大丈夫ですか?」

「はあ、駄目でしょう。」あっさりとした、僕の回答に要領を得ない様子でいる三芳嬢だったが、

「まー、放って置きましょう。」と言った僕の一言で諦めたらしく、

「先ほどのお話で、ややこしくなるてどう言う意味ですか?」三芳嬢の質問に、僕は躊躇したが何れ分かることだろうからと思いながら

「一言で言えば、雪乃と幸子は犬猿の仲でして、雪乃は所謂ブラコンの部類に入るんでしょうね。ここ半年ほどは、受験勉強に没頭していて、あの大学に入るためですけど、鳴りを潜めていたんですが、入学して来るとなるとその反動が恐ろしい気がします。」

「それじゃー、私も嫌われてしまうかも!」

「まーあ、多分大丈夫でしょう。幸子との仲は、過去からの色々な軋轢と…妹が持っているコンプレックスとかが混ざった結果なんです・・・。たぶん三芳さんは、雪乃の許容条件を満たしていそうだから。」

「許容条件?」

「まあーそのうち、理解出来るでしょう。」そう言ってから、僕は幸子の方へ目をやった。

「おー、そろそろヤバイかな。」僕は、軟体化し始めた幸子を抱きかかえ、トイレへと向かった。

戻ってくると、ラッパ組の仲間から事情を聞かされたらしく、

「お手伝いしますわ。」と声をかけてくれた。

「ええ、ありがとう御座います。でも、コツが有りまして…」そう言いながら、完全に軟体化してしまった幸子の腕を上げて見せた。腕は僕が手を離したとたんに、蛸の足の様にグニャリと落ちた。三芳嬢は、あり得ない光景でも見たかのように、恐る恐る幸子の腕にさわった。

「骨は有るんですよね。」

「もちろんです。溶けちゃった訳ではありません。どうもアルコールを飲むと体中の筋肉が弛緩しちゃうらしく、軟体動物化しちゃうんですよ。」僕は、叔母から借りた毛布を掛けてから

「酔いが醒めれば元に戻りますから。」

でも、結局、迎えに来た爺ちゃんのバンに、常備してあった担架を使って異動させて帰る羽目になった。もうとっくに,普通の桜は散っていたが、ここの山桜はまだちらほらと花を付け、外は心地良い風が吹く春の夜であった。

「突然誘って、かえって迷惑掛けちゃいましたね。」

「そんな事ありません。とても楽しかったです。私も少しピアノを弾きますので、皆さんの何かのお役にたつようでしたら、お声がけください。私、応援しますわ、薫さんを。これからも、何かとお声がけをするかもしれませんので宜しくお願いします。」

「まあ、あまりゴタゴタに巻き込まれないように気をつけてください。僕の周りの人間て、変なのが多いんで。」タクシーで帰路に着いた三芳嬢を見送ってから、叔母に色々とちょっかいを出している爺ちゃんを急かして僕らも帰宅した。

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