8.霧崎屋敷の厄介事 伊藤さん作
クリスマスの雰囲気がアパートだけで、商店街を歩けばイルミネーションなど――少々気が早すぎる飾りつけは見ない。もう一年も終わりかと、どちらかと言えば溜息が零れて来そうだった。寒空の下、どうして出歩いてるのかと言えば――
「――いやぁ、この通りのコロッケが絶品らしくてさぁ」
奢る側だというのになぜか率先して店を決めたこの男の提案だ。
啓馬の勧めた店は老舗らしく、夫婦でやっているコロッケ屋だ。看板のコロッケに至ってはなんと40年前から存在したというから驚きである。今居るのは後継ぎの娘さん含めて3人。外にあるベンチで食べている人すら居た。
店の方は5人くらい列が出来ている。だが啓馬は鼻歌でも歌い出しそうなほどのテンションで気にせず後ろに並んだ。人はなぜ、行列に並ぶのか。そして行列が長ければ長いほど惹かれてしまうのか、
「なぁなぁ、食べ終わったらレビューしようぜ」
「突然過ぎる。帰ってからで良いんじゃないか?」
「誘惑が周りに多くない内にやっとかないと、こういうのは」
「……まぁ分からないでもないが」
冬というのは恐ろしい、気が付けば炬燵でだらだら、温かいおでんを肴に突きつつ、酒をクイッとやってしまう。これがまた美味い。なぜあんなに餅巾着は美味いのか。そして餅巾着を食べれば当然太る。隣に居る動き回る啓馬とは別に、俺は順調に冬眠前のごとく脂肪を溜め始めていた。
なんとなく腹を擦っていると、いよいよ俺達の番になる。メニューを見ようとしたのが、啓馬が前に出ると指を2本立てて――
「あ、看板牛肉コロッケ2つ」
「看板牛肉コロッケ2つですね。かんぎゅーふたつ、お願いしまーす」
「はーい」
「で、感想は?」
「美味いな」
「だろぉ?」
なぜか啓馬の方が自慢げだった。ほろほろしたじゃがいもと牛肉の混ざり具合、ソース無しでも濃過ぎず、薄すぎず味付けがしてある。1個でも腹いっぱいになりそうなほど量もある。これは隠れた名店だな。
つい無言で食べ、喉が渇いてホットのお茶を飲む。手袋しなくても両手が暖かいって最高だ。
「んじゃ、レビューの準備しててくれよ。俺はもう1つ買ってくる」
「は?」
「今度はカレーコロッケにするから」
「いやそういう問題じゃなくて」
「なんだよお前、まだ俺に奢らせる気かー? しょうがないな、奢ってやるよ」
「いや……まぁいいや」
先ほどよりも長い列に啓馬が並び始めたのを見て、俺はスマホを食べ終わると目的の作品を読み始めた。
今日読むのは、伊藤さん作、『霧崎屋敷の厄介事』だ。
「終わったかー?」
帰って来た啓馬の手にコロッケが3つ握られてる事はもう突っ込まない事にした。コロッケは紙に包まれて、さらにビニール袋に入れられるから、それは一旦膝に置いてレビューを始める。
「あー……これ違う作品でも書いたんだが、俺がそもそも1000字ずつの区切り作品、結構読み難くてだるく感じてしまうんだよな」
「あちゃあ、そこからかぁ。俺も前に言ったけど、WEB小説だと結構主流じゃないか、それ?」
「主流なのは分かってるんだが、クリックの手間が読むテンポを崩す気がしてさ。区切りの良い所まで読みたい。3000字は欲しい」
「レビューっていうか、ただの読む側の我儘みたいな事を言い出したなお前。中身について話せ」
「中身については……申し訳ないが『起承転結の転がない』と思った」
「今回も辛口になりそうだなぁ……具体的にどういった部分がそう思ったんだ?」
「まず、見たのは全部11214字、話数は2話。1話が大体5000字。で、最初の話は土地神と話して終わり、2話目はドラゴンに演奏して終わり。端的に内容を言ってしまうとこれだけで、描写が濃かったのも序だけで後は心理描写もなく、背景の描写は少し、後は動作、説明だけを書いて淡々と進み過ぎてる印象が残ったな」
「よくある一話完結型の作品なんじゃないのか? あれも結構淡々と進むだろ?」
「それでも内容がさっぱりし過ぎてる印象を受けた。小説は第三者視点だからある程度は仕方がないんだが、心理描写が無いからキャラクターに感情移入し難い。それにプラスして情緒に浸るための背景描写も少ないから、風景も上手く頭に描けない」
「描写面でちょっとさっぱりし過ぎてるって事か……」
「一話目も『いざ出発!』で次のページに数行で、しかも話すだけで解決してしまうなら『次も大体は似たような展開なんじゃないか……』って大体察しが付いてしまったところもあると思う。土地神の怒っているシーンも、動作も心理描写も淡々としてるから怒りが伝わらないというかあっさり引き下がり過ぎだな……って思っちゃうんだよな」
「序盤の引き込み方は良かったけど、後々でいわゆる竜頭蛇尾って感じになっちゃった……ような気がするって事か?」
「そうだな。動作だけで表現っていうのはありがちだし、会話だけでのやり方もあるから……これはあくまで俺の意見な。ただ、それを抜きにしてももう一波乱ないとキャラクターが出てきて、喋って、それで終わってるだけに見えた。2話は厄介事じゃなくて、どちらかと言えば閑話休題の時の話にも思えたな。龍じゃなくて西洋のドラゴンなのも不思議だった。日本感が崩れる話は世界観が固まった頃に欲しかった……かもしれない」
「辛口だなぁ……俺、言葉の置き方は結構綺麗だと思ったんだけど、そこら辺はどうだ?」
「言葉は綺麗だなぁとは感じるぞ。置き方も俺が見た限りあまり違和感はない。後はこの表現力で心理描写・背景の描写にもう少し手を入れて、文字数を増やして、一波乱起こせば完成度は上がっていくと思う。背景の描写はこういう日常系というか、妖怪の話や騒動の話においては結構重要だったりするしな。素の文章力はありそうなのに、それが表に出ていなくてもったいなく思える」
「オッケー、なら書いていくな」
会話の間でぺろりとコロッケを1つ平らげた啓馬は次に移る前にスマホを取り出し、レビューを打ち込み始めた。
その間に俺はカレーコロッケに頬張る。カレー、とは名には付いているものの辛くない。大体こういうカレーコロッケはカレーがそのまんま詰まってそうなとろとろ感があるんだが、これは逆だ。じゃがいもに染み込ませ、砕いてそうな……どちらかと言えばおやつのスナックに出て来そうな……口の中でクセになるほろほろ感と味だ。なんだこれは、こんなカレーコロッケがあるのか。衝撃的だ。
「よし、書き終わった。じゃあ帰るか」
「……啓馬、先に帰れ」
「え?」
「俺はもう一回並ぶ」
「えぇ!? 珍しいな!?」
いい物を目の前にすれば冬の寒さは気にならない。今日の教訓だ。行列は先ほどより出来始めている。先ほどの言葉を撤回しよう、行列に並ぶのはきっと黄金の味を求めている。待っていろ、俺の
「まぁ美味いもんなぁ、これ」
2つ目を食べ始めた啓馬は譲るつもりがさらさら無さそうだった。
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