幼馴染は、目の前で愛を叫ぶ。

野良・犬

第1話


 僕はいつも同じ夢を見る…。

 ・・・いや、同じ…と言っちゃうと語弊があるか。

 同じような…が正解。

 その夢は…それらの夢は、大半がいつも大きな事を成し遂げたような達成感に溢れてて…、同時に、とても悲しくもあった。


 時には、平原を馬で駆け、その馬がドラゴンになったり、はたまた狼になったり…、そんなファンタジーな夢…、でも、それにとどまる事は無く、SFみたいな宇宙を戦闘機で飛びまわったり、人型のロボットで飛びまわったり…、時々自分自身がロボットだったり…。

 多種多様な夢を僕は見る。


 でも、どんなにファンタジーな物語が、その夢の中で描かれても、最後はどの夢も同じ。

 達成感と共に悲しみに襲われる。

 涙が止まらず…、体は言う事を聞かずに、動かなくなるんだ。

 そんな夢には、決まって動けなくなった僕を、いつも介抱してくれる人がいる。

 何日も何日も…。

 最初こそ、思い出話に花を咲かせるけど、日が経つにつれて、それすらも出来なくなって、口を利けなくなった僕に、いつも語り掛けてくれるその人。

 最後には、そんな人の傍で…、頬を優しく撫でられながら…、何とか絞り出した声で…ごめん…と言葉を零し…、僕は目を閉じる…、そして…、その夢は終わる。

 いつもそんな終わり方だ。



 朝日がカーテンの隙間から入り込んでくる自分の部屋で、そんな夢を見た日は、決まって頬を涙が通った跡が残ってる。


『勇ッ! 早く起きんかッ! 遅刻するよーッ!』


 起きたばかりでぼんやりと中、母さんの怒声にも近い…いつもの呼び声が届く。

 欠伸をしながら、頭を掻きつつ、目覚ましに目を向ければ、セットした時間を優に超え、着替えをしているだけで家を出なきゃいけない時間になりそうだった。


「・・・やばッ」


 その瞬間、僕の意識の導火線に火花が散る。

 急げ急げと、頭で自分を急かしながら、パジャマを脱ぎ捨て、制服を乱暴に着こむ。


「だから遅くまでゲームするのはやめようって言ったのにッ!」


 制服を着て、机の上に無造作に置かれた鞄をふんだくりながら、昨日の夜の事を思い出した。

 いつものようにゲームをやりながら、相手の声をヘッドホン越しに聞いていた…その夜。

 キリの良い所まで…、そんな都合の良い終わる気のない言葉を投げかけられ、時計とにらめっこしながらも、それに付き合った結果、てっぺんを越え、グダグダとさらにその先へ…。

 寝不足気味の原因…、寝坊の原因で起こるべき事にも関わらず…、その相手の事を思うと、自然と頬は緩み、そして…熱くなった。


『勇、ご飯は?』


 母さんの問いに、適当ッ…と答えつつ、テーブルに置かれた菓子パンを適当に取って家を出る。


「勇くんッ?」


 その時、母さんとは違う別の女の人の声が聞こえたような気がした…、だから、家を出てから少し走った所で、何となく後ろを振り向くと、それは気のせいでもなんでもなく、声の主はやっぱりそこに居て、勢いよく走って来たその人は、周りの目などお構いなしに、抱き着いてきた。


「なんで愛佳姉ちゃんが、僕んちから出てくんのさ?」


 三つ編みおさげで眼鏡をかけた愛佳姉ちゃん、僕より2つ年上の高校生、誕生日に血液型まで一緒な幼馴染のお隣さん…。


「勇くん、ヒドい…、昨日一緒に学校行こうって言ったじゃない、忘れたの?」

「・・・そう言えば」

「もう、そうやって…あなたはいつも私より先に行っちゃうんだから…」

「昔みたいに部屋まで起こしに来ればいいじゃん」

「そうしたいのはやまやまだけの…いいの? 思春期の男子は異性が部屋に入るの嫌がるって、友達が言ってたんだけど?」

「いいよ、別に。愛佳姉ちゃんなら」

「やったッ。聞いたからね、覚えたからね、その言葉」

「う、うん」

 なんか怖い…。

「ぐふふ…、合法的に部屋凸できるなんて、幸せのかぎりにゃ~。」


 愛佳姉ちゃんは、ご満悦の様子で、花でも咲かせたかのようにキラキラと笑顔を輝かせながら、学校へと足を延ばす。


「あ、でも、ダメだよ、勇くん。」

「何が?」

「愛佳姉ちゃんじゃなくて、愛佳って呼んでっていったじゃんか。」

 愛佳姉ちゃんは子供のように頬を膨らませ、両手を振り上げる。

「前にも言ったけど、恥ずかしいから勘弁。それに…、それを言うなら、愛佳姉ちゃんだって…、僕のこと、勇くんじゃなくて勇…て呼ばないとフェアじゃないだろ?」

 菓子パンを頬張りつつ、自分だって恥ずかしいくせに…と、意地悪する意味も込めて、そう言ってみたんだけど、横目に見た愛佳姉ちゃんは、子供らしい怒り方から一変して…、

「わかったよ、勇」

「・・・」


 優しい微笑みと共に、僕を呼び捨てにした。

 その瞬間、頭の中が真っ白になって、手に持っていた菓子パンを道路に落としてしまう。


「あ~…、もったいない。なにをやってるのさ、勇くん」

「…ハッ!?」


 愛佳姉ちゃんが、またくん付けで名前を呼んでくるまで、僕の思考は完全に停止していた。


「いっししッ。顔真っ赤だぞッ、勇くんッ!」

「愛佳姉ちゃんだって…」


 三秒ルールッ…と声を荒げつつ、愛佳姉ちゃんはパンを拾って、少し押し付け気味に渡してくれる。

 そして少し前に歩み出た。


「まぁ、呼び方はおいおい…ね」


 姉ちゃんは、いたずらっ子のような顔をして笑った。


「いっその事、ゲームの方みたいに、アイちゃんて、呼んでくれてもいいのよ?」

「そっちの方が嫌だってのッ!」


 そんな呼び方、恥ずかし過ぎて、それだけで意識を失ってしまう。

 それが公衆の面前で、知り合いに聞かれでもしたら、引きこもる勢いだ。

 愛佳姉ちゃんだって、自分で言ってて顔を真っ赤にしてる辺り、本気で言ってるのかどうか疑わしい。


「いいじゃん、いいじゃん、だって私達、もう「彼氏彼女」な関係…なんだから」



 冬も終わりを迎えそうな朝、まだまだ寒さの真っ只中にある今日この頃、寒さを吹っ飛ぶ程に、僕の顔を熱せられたヤカンの如く沸騰させる愛佳姉ちゃんは、今この瞬間の寝不足の原因であり、幼馴染であり…僕の…彼女だ。



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