La maison du Poltergeist ~騒霊の家~

平中なごん

Ⅰ 仕事募集にはチラシ配りを

 聖暦1580年代末、エルドラーニャ島・サント・ミゲル……。


「――いかがですかあ~なんでも問題解決いたしますよ~」


 賑やかな目抜き通りに立つ俺の目の前を、美しく着飾った富裕層の紳士・淑女や、移民を中心とした中流階級の商人や職人、それに土着民の奴隷など様々な人間達が行きかっている……。


 ここは、世界最大の版図を誇るエルドラニア帝国が、西の海の彼方に発見した新たな大陸――〝新天地〟に最初に建設した植民都市サント・ミゲル……世界の果てにあるとは思えないこの街の都会的な空気が、町場育ちの俺の肌にはよく馴染む……。


 といっても、俺が生まれ育ったのはそんな町場でも小汚ねえ、うらぶれた路地裏の貧民街なんだけどな。


 俺の名はカナール。この浅黒い顔を見てもわかる通り、この新天地に夢を抱いて渡って来たフランクル人の父親と、原住民の母親の間に生まれたいわゆるハーフだ。


 母親の血筋ももちろんだが、このエルドラニア帝国の領地において、他の国の出身者…特に敵対するフランクル王国の人間ともなると当然のことながら肩身は狭え……だから俺も親父同様、小せえ頃から貧乏暮らしだ。


 この先、カタギの商売したところで、どうせエルドラニア人においしい所は全部持っていかれちまって、成功の可能性はまずねえ……そこで、俺の始めたのが〝探偵デテクチヴ〟っつう、最近出てきた新しい職業だ。


 探偵デテクチヴ――エルドラニア語で言やあ探偵デテクティヴェだな。人探しや内密の調べものなんかをする、いわばまあ、衛兵の仕事を私的に引き受けるようなもんだ。


 そんな中でも競合相手がいないとこを狙い、俺は魔物や幽霊なんかの怪現象を専門に扱う〝怪奇探偵〟ってのを標榜してる。


 いや、詐欺とかヤラセとか、んないかがわしいもんじゃねえ。そのために大枚はたいて裏の本屋のジジイから『シグザンド写本(巻末付録に同系統の『サアアマアア典儀』付き)』つう、この商売にはもってこいの稀少な魔導書を買ったぐれえに俺は大真面目だ。


 魔導書グリモワー……それは、この世の森羅万象に宿る悪魔(※精霊)を召喚し、それを操ることで自らの願望をかなえるための技術が書かれた魔術の書だ。


 その絶大な影響力から教会や各国の王権はその無許可の所持・使用を禁じているが、んなこたあ、知ったこっちゃねえ。無論、見つかれば厳しく罰せられるが、その便利さから求める者は後を絶たず、俺がこうして買えたように、裏のマーケットじゃ非合法に取引されているのが世の常だ。


 この新天地には魔術師船長マゴ・カピタン率いる〝禁書の秘鍵団〟っつう海賊の一味がいて、帝国の船を襲っちゃあ積荷の魔導書を奪い、それを複写して売り捌いているような輩もいるくれえだ。


 ま、とにかく法を犯してまでそんな魔導書を手に入れたくれえにガチな俺なんだが、いかんせん起業したばかりなんで知名度が低い…てか、ほぼゼロだ。


 金がねえんで事務所を構えて看板出してるわけでもねえし、こうして俺は仕方なく、今、この人が集まる大通りでビラ配りをしているっつうわけだ。


「新しく始めた怪奇探偵で~す。幽霊でも悪魔でも、不思議な事件をなんでも解決いたしますよ~」


 ハードボイルドな俺には似合わねえ地味が仕事だが、俺はいつになく低姿勢で、裏紙に手書きをした仕事募集のチラシを道行く人々に手渡してゆく。


 だが、多くのやつらが受け取るのすら拒否するし、受け取っても興味なさそうにポケットに捻じ込んでしまうのがほとんどだ。


「チッ……これじゃあ骨折り損のくたびれ儲けだな……」


 その手応えのなさに舌打ちをすると、いい加減、こんな無駄な作業はやめにしようと思った時のことだった。


「おい、貴様、ここに書いてあることは本当か? 怪奇現象をなんでも解決できるというのは?」


 不意に、そんな男の声が傍らでした。


「ああん? ……あ、いや、もちろん本当ですぜ、旦那。どんな事件もチョチョイノチョイでさあ」


 完全に油断していた俺が目深にかぶった灰色の三角帽トリコーンを上げてそちらを覗うと、そこには身形みなりのいい一人のオヤジが立っていた。そういや、さっきチラシを渡したような気もする。


 赤いシルクのプールポワン(※上着)に黄色のキュロット(※半ズボン)……立派な口髭を蓄えた高圧的なその顔立ちや身形からして、おそらくはエルドラニア人の役人か裕福な商人だろう。


「あのう……もしかして、お仕事のご依頼ですか?」


 もし依頼者ならば、こいつは金になりそうだ……俺は背を屈め、手を擦り合わせながら愛想よく尋ねてみる。


「まあな。なんとも胡散臭いが、ダメもと試してみるか……成功した時のみの後払いでいいなら雇ってやる。それでどうだ?」


 すると、わずかの間考えた後、その紳士は疑るような視線を俺に向けならがらも、そんな条件付きでの依頼を口にする。


「後払いですかあ……まあ、よござんしょう。で、どのようなご依頼で?」


 金持ちのくせしてなんともケチくせえ野郎だが、この際、選り好みはしてられねえ……俺は一も二もなく、内容を確かめることもせずにその依頼を引き受けることにした――。

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