第25話 小さな錠前

絶体絶命のピンチも案外どうにかなるもので、天文部には三人の新入生が入部してくれた。

例の件についてはみやこちゃんに直接何か訊いたり、探ったりはしないでほしいと相馬くんたちに頼み、私も特に何もしなかった。最近教室では私と相馬くんは必要がある時しか話さないせいか、みやこちゃんもそれ以来は何もしてこない。ただ平穏に日々を過ごしていた。


休み時間の度にみやこちゃんが相馬くんと話したり触れ合っているのを見ると少し妬くけれど、相馬くんとプレイをするのは私だけだという事実が私の心の拠り所となってくれた。


私にだけにコマンドを与えて、たくさん褒めて、撫でて。そうしている時に見せる幸せそうな微笑みとか、お仕置きを命じる時の冷たく酷薄な表情も私しか知らない。

友達以上恋人未満のみやこちゃんと、主従関係の私。今のところはいい勝負だ。…と、思う。





「で、中村くんがなぜ天文の部室に?」


「やらかして部活動停止処分でも降りたんすか」


私と後輩の鹿野かのさんが口々に言うと、中村くんは「え、冷たくない?ただのサボりだよ〜!」と両手でピースをした。

つくづく中村くんの交友関係は恐ろしいものだ。耳がピアスだらけの高校三年生が突然乗り込んでくるなんて後輩たちが萎縮するかと思えば、みんな中村くんの友達だった。SNSの繋がりから、一体何がどうなったら学校中のほとんどの生徒と友達になるのだろう。


「それにしても、存続になって良かったねぇ」


「大体にして、中村先輩やら相馬先輩やらがバスケ部に固まってるせいでこんなことになったんすよ」


「俺らだけのせいじゃないでしょ。二年生だと南谷みなみやの双子ちゃんとか」


南谷兄弟は学年の垣根を越えて有名なので私も知っている。イケメンで名高い一卵性の双子だ。


「あ〜〜言われてみれば。でもチャラいからミーハーばっかりっすよね、中村先輩みたいに」


「そりゃ何も返せないわ。逆に相馬はあの見た目で意外とガードが硬いから、女が余計にのめり込むんだよな。ガチ恋勢が多い」


「はぁ……何でしょうね、人気者やらイケメンはバスケ部って相場が決まってるの」


鹿野かのさんは大袈裟にため息をつくと、部室の真ん中のソファを占領してごろんと寝そべる。


「こら鹿野かのちゃん、そんな無防備晒してると襲うよ……ってあー、菫ちゃん!冗談、冗談だからその蔑む表情やめてってば!」


えーん怖いよぉ二見先輩、とわざとらしい演技で私の後ろに隠れた鹿野かのさんは、中村くんの慌てっぷりに笑いを堪えきれていない。


「でも最近の中村さん、女遊びが落ち着いてきたと耳に挟みました。特定の相手でもできたのですか?」


ずれた眼鏡を定位置に戻しながらそう口を挟んだのは、奥の窓側の陽だまりで単語帳をパラパラめくっていた真面目な二年生男子。


「ふっふっふ、気になるかい?実は――」


バンッと勢いよくドアが開いて、部屋の中の全員の視線がそちらへ向く。立っていたのはなんと柏崎くんだった。真顔のまま部屋をぐるりと見回すと中村くんの姿を捉える。


「中村、化学の追試。逃げんじゃねぇぞ、表出ろや」


「え!けいちゃんも?」


「んな訳ねぇだろ。あんたがばっくれるせいで先生にパシらされたんだよ。クソが」


柏崎くんはずかずかと入ってくると、躊躇なく中村くんの襟首を掴んで去っていった。


嵐が過ぎ去ったように、部室はしんと静まり返る。

しかし数秒後には何事もなかったかのように、私たちは雑談を再開したのだった。





「誕生日……?」


「相馬の誕生日。知らねぇのかよ、明日だぞ」


帰りがけにたまたま会った柏崎くんは、何の前置きもなく相馬くんの誕生日を教えてくれた。

五月も終わりに差し掛かった頃のことだった。


「へ、へぇ〜…何で教えてくれるの?」


「何でって、好きなんだろ」


危うく持っていた手提げを落としそうになり、慌てて持ち抱え直す。


「…恋愛相談は管轄外、じゃなかったの」


柏崎くんはそれには何も返さず肩をすくめ、「じゃあ」と駅の方へ道を逸れていった。


どうやらバレていたらしい。自分は考えていることがそんなに顔に出たりしないタイプだと思っていたし、特に柏崎くんとはほとんど喋らないのに。


ともかくいいことを教えてもらった。今日は相馬くんへのプレゼントを選んで帰ろう。渡した時の驚く顔と、それから喜ぶ顔を想像して思わず笑みをこぼした。すれ違った小学生が怪しむような視線を向けてきて、慌てて表情を引き締める。何買おう。


家に着くなり制服から私服に着替え、財布とスマホだけをポケットに入れる。電車にのって数駅のところのショッピングモールへやってきた。

いろいろな店を見て回りながら、どんなものなら貰って嬉しいだろうと考える。お菓子みたいに消費するより、残るもの方がいいな。洋服や靴は、サイズもよく分からないし、アクセサリーは…あのピアスは肌身離さずいつもつけているから、他のは貰ってもつけてもらえないだろう。


そのとき、“大切なDomのパートナーへ”と書かれたポップに目が吸い寄せられた。

Domがパートナーへ贈るのは首輪やチョーカーなどのカラー。私も去年のクリスマスに貰って以来、プレイの時は相馬くんが私につけてくれる。

SubからDomへ贈ることができるものもあるのは初めて知った。


「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」


「えぇと…プレゼントを探していて」


私の視線の先に気づいた店員は、顔をパッと輝かせて言った。


「パートナーの方へ、ですね!お相手はDomの方ですか?」


「はい」


「それならこちらが人気ですよ」


見せられたのは、小さな錠前だった。鍵の方はチェーンが通され、ペンダントになっているらしい。

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