第26話 いつだって楽しい時間には終わりがある。

「それじゃあ、また後で」


「うん」


 猫カフェの帰り際、優月に隠れて少し桜庭さんと話をする。


「しっかりね。優月さんを楽しませてあげなさい」


「僕なりに頑張るよ」


「あと、ワタシがこのバイトをしていることは絶対に内緒だから」


「え。そうなの?」


「そうなの! とくにあの子には絶対に言わないで」


「あの子って……アイナ?」


「言ったらもう授業中助けてあげないから」


「は、はい……了解です」


「ふん。ほんと、なんでこうなるのかしら」


 ネコ好きなことくらい隠さなくてもいいのにと思うのだが、桜庭さん的には重要なことらしい。


 それから、桜庭さんとはまた誕生日パーティーでと話して別れた。




「はぁ~最高だったねぇ天国ってあったんだねぇ。唯香ちゃんがいるなら行きやすいし、もう通っちゃいそうだよぉ~」


「天国に通っちゃまずいでしょ……」


「それくらい幸せ~ってこと~。天国があんなだったら死んじゃうのも楽しみになっちゃうねぇ」


 猫カフェを後にしてから、優月はこれ以上ないくらいにご機嫌だ。桜庭さんには少し悪いことをしてしまった。今度何か埋め合わせをしなければ。これから優月が常連になってしまうであろうことも含めて。


「ショッピングモールってこっちだったよね、翡翠くん」


「うん、そうだよ」


 優月が指さしながら確認してくれる。しばらく街を離れていた優月と、引きこもっていた僕は二人してこの辺の地理に強くない。しかし今向かっているのは桜庭さんとも訪れたショッピングモール。そこに併設された映画館だ。場所はちゃんと分かっている。


 映画と言えば、デートの定番中の定番だろうか。


 以前優月が見たいと言っていた映画が上映開始していることも思い出し、丁度いいと思ったのだ。予約もすでに済ませてある。


「それにしても、今日はどういう風の吹き回しなのかなぁ。こんなにわたしの行きたい場所ばかり行っていいの?」


「いいんだよ。今日はなんていうか……日頃のお礼みたいな。えっと……そう、優月デーなんだよ!」 


 自分で言いながら危ういと思った。優月は自分が誕生日だということに気づいていない。またはそれをまったく気にしていないのだ。


 それなのに、「優月デー」なんて言ったら誕生日ですと言っているようなもの。サプライズパーティーの崩壊を招く恐れまである。


 しかし優月は気づいた様子もなく、「うーん?」と首をひねっていた。


「でも、映画だって少女漫画原作だよ? 翡翠くんつまんなくって居眠りしちゃうかもよ?」


「少女漫画って男が読んでも案外面白いものだよ。だから映画でも大丈夫」


「そういうものかなぁ」


 優月は納得したような、そうでもないような曖昧な表情で笑った。



 映画の上映が終わると、今度は少し遅めのランチを食べるためにお店へ移動した。ご飯を食べる兼、感想会と言ったところだろうか。


 このお店選びはさすがにアイナのチカラを借りた。少しお洒落で、レストランとも喫茶店とも言えそうなお店だ。高校生が入るのにもそこまで敷居の高さを感じない丁度いいライン。そして何より、名物だという「梅パフェ」なるものに惹かれたのが大きい。僕も優月も、未だに梅の虜だ。


「翡翠くん翡翠くん! これ、ヤバいよ! ヤババババーだよ!」


 お目当ての梅パフェを食べた優月が興奮気味に訴える。


「落ち着いて。まず落ち着こうか。もの凄い雑なアイナみたいになってるから」


「でも~これ、すっごいよぉ。はふぅ~おいしい~」


 もう一度パフェを口に含むと、優月は至福に顔をへにゃらせた。今日は何度も見ている表情。それだけで、このデートが上手くいっていることがわかる。


「ほら、翡翠くんにも。あ~ん」


「え、いやふつうに渡してくれれば……」


 優月はスプーンを僕の口元へ差し出していた。拒もうとするが、さらに笑みを深めて優月は微笑む。


「いいからいいから。翡翠くんにはわたしがた~くさん食べさせてあげるよ~。だから、あーん♪」


「う、うん……じゃあ……」


 少し気恥ずかしかったが、夢中になっている様子の優月に従って僕はあーんを受け入れた。爽やかな梅の香りが口に広がる。でもそれ以上はなんだかよく分からなかった。


「どう? おいしいよね?」


「うん。すごく」


「もっとも~っと食べてね♪」


「いやいや、僕にばっかじゃなくて優月も食べなよ」


「いいの~。翡翠くんが食べてくれるのが嬉しいの」


 押し切られる形で、その後も何度もあーんをしてもらった。やっぱり味はよくわからなかったけど、優月は終始楽しそうだった。


 それから映画の感想についても大いに盛り上がった。原作を知っている優月と、知らない僕では見方に違いがあったりして面白い。今度漫画を貸してもらう約束もした。


 すべてがうまく進み、あとは夕方までもう少し時間を潰したら家に帰ればミッションコンプリートである。家ではアイナと会長、村上君の3人がパーティーの準備を整えてくれているはずだ。桜庭さんももうしばらくすればバイトを終えるだろう。


 お店を出て歩いていると、ふいに優月が立ち止まった。


「あれ……ない……」


「どうしたの?」


「ごめん翡翠くん。スマホ忘れてきたみたい」


「スマホ? 忘れたってさっきの店かな」


「たぶん! そこまではあったと思うから!」


 言いながら優月は背を向け走り出そうとする。


「ちょっと優月!?」


「翡翠くんは待ってて! すぐ取ってくるから!」


「待ってよ僕も……」


「だいじょーぶ! すぐ戻るから~!」


 追いかける暇もなく、優月は駆けていってしまった。


 

 適当な歩道の端で優月を待つ。10分ほどが経っていた。そろそろランチを食べたお店には付いているだろう。


 手持ち無沙汰な時間だ。


 スマホが見つかったら連絡がくるかもしれない。そう思って自分のスマホを片手に転がす。


 直後、狙いすましたかのようなタイミングでスマホがバイブした。慌てて画面を確認する。


「ゆづ……え?」


 そこに表示されていたのは見慣れた幼馴染の名前ではなかった。

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